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11月, 2025の投稿を表示しています

AI革命が導く人類社会の変容

  AI技術が社会に深く浸透する昨今、この技術はこれまでの産業構造だけでなく、人々の生存や生活様式にまで根源的な影響を与えることが予想されます。本稿では、単なる技術投資の是非を超え、人類の未来という視点から考察します。 1. ヒューマノイド(AI)ロボットがもたらす人間関係の変質  ヒューマノイド(AI)ロボットが実用化された場合、現代社会で既に進んでいる人間関係の希薄化にさらに拍車がかかるでしょう。現時点でも、昭和時代のような家族団らんのコミュニケーションは、SNSや動画配信サービスの普及により激減し、家庭内の会話は著しく減少しました。  家庭内のコミュニケーションが希薄化すると、外部との関係構築にも影響が及びます。他者とのやり取りに対する寛容性が低下し、友人関係の構築も困難になるという問題が指摘されます。その一方で、ヒューマノイドロボットが一般化すれば、「自分好みに設定でき、自分の都合のよい存在となる」ため、友人といった外部の人間関係を必要としなくなる人が増加する可能性もあります。  しかし、これは他者との関わりを通じて得られる成長の機会を遮断することにつながります。人間は、多様な他者と接し、紆余曲折を経験することで精神的に成熟していくものです。ロボットによる代替は、この成長の機会を、極端な場合永遠に奪うことになりかねません。 2. 生涯独身社会の加速とバイオ市場の成立  人間関係を避ける傾向が強まる現代において、異性との交際という高度な情緒的コミュニケーションを必要とする関係性は、ますます困難になっています。ヒューマノイドの流通が一般化される時代は、恋愛や結婚といった関係性は、ごく一部の高い対人スキル保有者にしか得られない特権となる可能性があります。  実のところ、恋愛は男女間の感情から生まれるものであり、政府の政策で容易に解決できる最も難題の一つです。科学技術の発展が、人々を恋愛から遠ざけ、そして結婚から遠ざけるという流れは、あたかもルビコン川を渡るように後戻りできない段階へと社会を追い込んでいると言えるでしょう。  それでも社会は常に新たな需要に応じた構造を生み出します。恋愛が困難な人たち向けに、恋愛用のヒューマノイドが登場するでしょう。ヒューマノイドロボットは価格帯にもよりますが、高価なものは女優やイケメン俳優、アイドル並みの容姿に調整され、性格も自分好...

長期投資の神髄

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 (偶然がもたらす転機) 俳優がスターダムに上り詰める際、不思議なことに、主役が何らかの理由で降板し、代役として抜擢されたことがきっかけで表舞台の脚光を浴びる例は少なくない。これは、本人の実力だけでなく、運や偶然がその人に味方したという側面が大きく、「玉突き」のような偶然が作用した結果です。 この玉突きがなければ、たとえその人が相当な実力を有していたとしても、表舞台に立つことができなかったかもしれません。世の中には、こうした偶然の連鎖によって、人や物事が大きな転機を迎える例が数多くあります。 (実力あっての「玉突き」) しかし、この「玉突き」を単なる運と片付けてはいけません。重要なのは、「玉突き」後に、そのチャンスを最大限に活かせるかどうかという点です。ここにこそ、その人の真の実力が試されます。 スターは、大舞台で実力を発揮し、大物へと成長していきます。しかし、実力が伴わなければ、せっかくの機会を得ても大きく飛躍することなく、そこで終わってしまいます。どんな幸運が訪れたとしても、その結果は最終的に実力に比例するものです。 (投資における「運」の側面) いかなる相場においても、後付けで分析してみると、大儲けを可能にした銘柄は必ず存在します。例えば、リーマンショックのような大暴落時には、大多数の投資家が多額の評価損を被ります。しかし、そこでで購入して半年から1年放置すれば、2倍〜3倍になる銘柄は数多くありました。これは投資タイミングが投資の結果に大きく左右する事を示唆しております。  しかし、投資タイミングの予測は困難で、誰も正確には分かりません。どんなに徹底的に調査をし尽くしても、株価が自分の思うように動かないのは半ば自明であり、投資にはどうしても「運」という要素が付きまとうのです。 (GEに見る長期投資のあるべき姿) 長期投資は、その企業の10年後の売上や利益が、現在の1.5倍から2倍になることを信じる行為です。しかし、現実には、ブランド力や事業競争力があり、堅牢な優良企業であっても、組織が官僚的になり、斜陽期に陥ることで、売上や利益が長期低迷期に陥ることは少なくありません。  例として、GE(ゼネラル・エレクトリック)は2000年頃まで世界トップの名門企業としての地位を謳歌しましたが、その後は事業の解体危機まで追い込まれました。株価もGAFAMの隆盛をよそ...

既得権益崩壊の新たなる生き方

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(GHQによる日本の民主化) 日本は、明治維新のような社会革命を(比較的)無血で成し遂げるなど、世界でも稀有な歴史を持つ国です。しかし、その明治維新も、実態としては薩摩や長州の下級武士層が時代の波に乗り、新たな既得権益を勝ち取り、新たな支配層として日本社会の中枢を占めるに至ったという側面がありました。そのため、大部分の日本国民の生活は、旧来型の身分意識や社会構造に縛られたままで、大きな変化はなかったとも言えます。 この構造にメスを入れたのが、戦後のGHQ(連合国軍総司令部)でした。GHQは、身分制度の廃止、財閥解体、そして農地改革(地主から土地を取り上げたこと)を断行し、日本の既得権益構造を強制的にシャッフルしました。  強いて言えば、財閥解体を免れた一部のオーナー企業経営者や、医師、政治家、弁護士といった中堅エリート層が、かろうじて特権階級的な地位を維持し、現在に至っています。その一方で、一般家庭出身であっても学業優秀な「学歴エリート」、特に官僚が社会の主導権を握る時代へと移行していきました。 (疲弊する「既得権益職」)    戦後は、官僚などの学歴エリートが、政治、行政、そして三菱、住友、三井といった(解体の影響を受けつつも)旧財閥系の大企業において、主導的な役割を担うようになりました。彼らは必ずしも「大金持ち」ではありませんでしたが、安定した資産と高い社会的地位を築くことに成功しました。  しかし、時代とともに大卒者が増加し、高等教育が一般化するにつれて、こうした「学歴エリート」の特権的な地位は徐々に薄れていきました。結果として、日本は世界でも類を見ないほど格差の少ない、平等主義的な社会の形成に成功したと言えます。  例えば、政治家は依然として強大な権限を持っていますが、「政治資金規正法」などにより、金銭面では厳しい制限が課せられています。かつてのように豪邸を構えれば、すぐに資金の出所をメディアや国民から問われかねない状況になりました。  官僚は、かつては学生にとって最も魅力的な就職先の頂点にありましたが、マスコミなどによる厳しい監視の目によって、安易な「天下り」は困難になりました。その結果、給与水準に見合わない壮絶な激務だけが残り、優秀な東大生が官僚よりも高収入の得られる外資系コンサルタントなどを選ぶ傾向が強まっています。  弁護士や公認会...

トランプ政策の限界?

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 ニューヨーク市長選挙と、米南部バージニア州および東部ニュージャージー州の知事選挙で民主党が勝利した。これらの選挙の主要な争点は経済対策であり、この結果は、トランプ政権の政策が国民に十分な恩恵をもたらさず、評価されていないことを示唆している。  関税政策や米国製造業の国内回帰、移民問題への対応などは、長期的な視点では一定の合理性がある。しかし、短期的な低所得者向け政策が不十分さが目立つ。多くの国民は、10年後の未来よりも現時点での生活向上を望んでいる。  選挙対策という観点では、トランプ政権は政策の一部修正を迫られるだろう。特に、政府閉鎖の要因となっている民主党の医療費延長要求やフードスタンプ廃止などは、疑問が残る。なぜなら、これらの影響を直接受けるのは低所得者層であり、その結果、トランプ離れが一層加速する可能性があるからだ。 (財政再建と低所得者対策のジレンマ)  日本では、インフレによって低所得者層の生活が打撃を受ける中、ステルス増税を繰り返したことで自民党が過半数を失った。そこには、財政健全化を進めたい財務省の思惑がある。一方、米国では財政健全化のために政府系職員の削減や各種給付金の廃止を進めようとしている。  こうした政策を実施すれば、多くの国民から反発を招くのは必至だ。しかし、先進国はどこも膨大な政府債務を抱えている。とくに日本と米国は危機的な状況にあり、米国では国債の利払い費だけでも1兆ドルを超えるという途方もない税金が使われている。国家の適正な財政運営という観点から見れば、財政健全化は重要な政策である。  しかし、国民は財政健全化のために自分たちの生活を犠牲にすることを容認しない。 (民主主義のジレンマ)  米国も日本も民主主義社会であり、国民の投票によって政治家が選ばれる。民主主義の利点は、王政のように政治にチェック機能が働かず腐敗が蔓延することを防ぐ点にある。民主主義では、権力者が民衆に対し過酷な政治を行えば、国民は選挙でその政治家を落選させることができる。しかし、国民は必ずしも賢明ではない。どんなに正論であっても、国民に我慢を強いる政策を推進すれば、選挙で敗北し議席を失う。国民は目先の利益を政治家に要求し、その政策が将来的に国を没落させる可能性があっても支持してしまう。それが民主主義の「罠」と言える。  近年、米国や西欧ではさらに深刻な問...

日銀金利引き上げ躊躇に見る高市政権の限界

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 日本は、高市政権に大きな期待をかけている。しかし、高市政権が国民を良い方向に誘導するのであろうか。そんな観点で私見を述べる。 (日銀政策の中途半端さ)  日銀は1月に金利を引き上げて以降、6回連続で利上げを据え置いた。その理由は前半は「トランプ関税」の影響で、仮にそれがなければ7月頃には0.75%への利上げが行われていた可能性が高かった。10月には日経平均が5万円を超え、利上げの絶好の機会であるにも関わらず日銀は見送った。背景には高市内閣への配慮があるとされる。 米国当局は、日本に対して健全な経済運営を促すよう忠告している。実際、ベッセント米財務長官はX上で「日本政府が日銀の政策余地を認める姿勢は、インフレ期待の安定と過度な為替変動の回避に極めて重要である」と投稿し、日銀に対し、利上げを求める主張を繰り返している。 日本はすでにインフレ経済に突入しており、物価高対策が喫緊の課題となっている。政府はガソリン減税などによって物価抑制を図ろうとしているが、本来であれば不要な減税ではなく、金利を正常な水準に戻して物価上昇抑止効果を働かせることが先決である。日銀は政府に忖度して、本来あるべき金融政策を行えずにいる。             geminiより作成 (高市内閣の誤謬)  高市総理が所信表明で述べたのは経済対策である。すなわち、総理の認識では日本経済は深刻な苦境にあるということだ。一方で、日経平均は史上最高値を更新し続けている。この乖離は何を意味するのか。 日本において真の意味で好景気だった時期は限られている。高度成長期の最中でさえ、映画『男はつらいよ』に登場する「くるまや」やその周囲の人々は万年不況であった。要するに、経営力の乏しい中小企業は、どの時代でも不況に苦しんでいるのだ。政治家はそうした層の声を無視できない。なぜなら、選挙での支持を失うからである。高市内閣はこの誤謬に囚われ、本当の意味で日本の成長を促す政策に取り組めない可能性が高い。 (日銀の金利引き上げのあるべき姿)  日銀が利上げを行えば、経営力の弱い中小企業に打撃が及ぶのは避けられない。しかし、それを懸念して利上げを見送るならば、政府は永遠に金利を正常化できないというジレンマに陥る。 本来は、金利を引き上げたうえで、その影響を受ける企業に対して一定期間、政府が...