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1月, 2026の投稿を表示しています

キヤノン分析 事業構造改革とカリスマ御手洗の後継問題

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キヤノンは、日本を代表するカメラ・複写機事業を主力としてきたが、これらの市場は成熟・縮小局面に入り、特にプリンタ事業は世界的なペーパーレス化やESG圧力によって需要が構造的に減少している。このため、過去20年ほど売上は伸び悩み、収益も低迷していた。 しかし近年は、半導体製造装置・医療機器・ネットワークカメラ(監視カメラ) へ経営の軸足を移しつつあり、その成果として業績は回復基調にある。 実際、2025年上半期の売上高は 2兆1,986億円(前年同期比+2%) と過去最高を更新し、2024年通期でも 4兆5,098億円 と過去最高水準を記録している。 ■ 再成長を支える三本柱 ① メディカル 高齢化社会の成長性を見据え、キヤノンは東芝メディカルを買収して事業規模の拡大を図った。現在、CT・X線装置が北米を中心に好調で、営業利益率10%を目標とするなど収益性向上も期待されている。 キヤノンメディカルは今後のグループ成長を担う第二の柱として位置付けられている。 ② ネットワークカメラ(監視カメラ) 世界的に防犯・都市監視、AI解析などの需要が急拡大する中、ネットワークカメラ市場は高成長が続いている。キヤノンはAxis社・Milestone社の買収により世界トップクラスの市場地位を確立しており、イメージンググループ全体で 売上1兆円規模 を狙える成熟した事業となっている。 ③ 半導体製造装置(NIL:ナノインプリント) キヤノンのナノインプリントリソグラフィ(NIL)は、①5nm対応 ②EUVの1/10コスト ③電力消費90%削減といった強みを持ち、半導体製造プロセスを変革し得る技術として高く評価されている。 2024年には Texas Institute for Electronics(Intel・Samsung参画) へ装置を初出荷し、キオクシアは量産ライン採用を検討、DNPは1.4nm対応テンプレートを2027年量産予定など、事業拡大に向けた動きが進んでいる。 一方で、量産歩留まりを90%近くまで引き上げる必要があるなど技術課題は残っており、EUVを全面的に代替するというより、新設ラインや特定層での部分採用 が現実的とみられている。 ■ キヤノンの今後:経営体制と課題 キヤノンの経営は長年、創業家の 御手洗冨士夫氏 の強いリーダーシップのもと進められてきた。しかし同氏...

「学歴」より「生存戦略」。社会を勝ち抜く力

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 (社会の本音と建前) JX金属執行役員が語る「生意気だけどチャーミングな人材」という記事がある。 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC08A720Y6A100C2000000/  しかし、こうした言葉を額面通りに受け取ると、企業社会の現実を見誤り、結果として手痛い損失を被りかねない。  採用現場において、役員の示す理想像に沿った人材が一定数採用されるのは事実である。人事部としては、組織の同質化を避け、変化に耐えうる多様性を確保したいからだ。しかし、現場配属後は様相が異なる。率直な意見をぶつける「生意気なタイプ」ほど上司や周囲と衝突しやすく、結果的に数年で職場を去る例は枚挙にいとまがない。  実際、一般社員の評価権を握るのは、役員ではなく直属の課長や部長である。彼らに敬遠されれば、実力以下の評価を下されることも珍しくなく、昇進の機会も損なわれる。大企業で管理職に登り詰める人物の本質は、「生意気さ」よりもむしろ、上司との調整能力や組織運営の巧みさにある。理不尽な要求に対しても、矛盾を飲み込みながら組織としての落としどころを探れる人間でなければ、出世の階段を上り続けることは難しい。 (経営層の語る建前)   こうした記事に見られる言葉には、企業側の本音と建前が混在している。例えば、多くの社長が新入社員へ贈る「現状に満足せず、改革精神を持て」という訓示や、成功した経営者が語る「若い頃は上司とぶつかった」という美談がそれだ。 しかし、後者の多くは成功後に加えられた物語としての「装飾」であり、現実の大企業で“暴れ馬”のような人物が順調に昇進するケースは、極めて例外的といえる。大企業の社長が語る理想論は、従順な社員ばかりになりがちな組織に対する「アンチテーゼ」として機能しているに過ぎない。 (企業ごとに求める人物像は異なる)   しかし、こうした「社長の言葉」が全くの的外れというわけではない。未上場の中堅企業や中小企業、ベンチャーにおいては、周囲との“調整力”よりも、仕事の実力と実績を出せる人材こそが必要とされるからだ。 これらの企業は大企業と異なり、経営基盤が脆く、取引先からの厳しい要求に応え続けなければ生き残れない。つまり、実力のない人間が社内政治に終始して出世できるような「余裕」がないのだ。そのため、指...

人生は格差に満ちている:親という名の「致命的な差」

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 (親の差は決定的一因である)  昨今「親ガチャ」という言葉が浸透しているが、実のところ、親による格差は人生において決定的な影響を及ぼす。  〇学歴と教育観の差  一定以上の学歴を有する親は、「学歴の本質」を 理解している。彼らは大学へ行く意義を理解した上で、社会に出れば学歴以上にコミュニケーション能力や総合的な人間力が重要であることを知っている。そのため、運動や課外活動を含めた広い視野で子育てを行う。 一方、学歴コンプレックスを抱え、社会的な成功を実感できていない親の一部は、大学の「格」や「偏差値」に固執し、子供をその枠に押し込めようとする傾向がある。  しかし、人生という長いスパンで見れば、前者の家庭で育った子供の方が「勝ち組」となることが多い。極端な例を挙げれば、勉強しか能のない東大生よりも、程々の地頭と要領の良さを持ち、周囲と協力できる一般大生の方が、組織において高く評価されるのはよくある話だ。賢い親は「生きた社会」を知っているが、そうでない親はマスコミやSNSの断片的な情報に振り回され、本質とは異なる方向へ子供を誘導してしまう。これも一つの「親ガチャ」の姿である。  〇経済的基盤の差  一般家庭の場合、会社員としての給与だけで、中流以上の生活、教育費、住宅ローン、そして老後資金のすべてを賄うのは容易ではない。そのため「老後貧乏」という言葉が現実味を帯びる。多くの場合、子供もまた親と同じように金銭的な苦闘を強いられる人生を歩むことになる。 対照的に、経済的基盤が盤石な家庭で育った子供は、金銭的な不安を抱かずに成人し、結婚や住宅購入に際しても親からの手厚い支援が期待できる。実家で過ごす時間が長ければ自然と蓄財も進み、さらには相続も期待できる。生まれた家庭によって、人生の「背負う荷物の重さ」は根底から異なるのだ。こうなると、単なる就職先の給与差などは些細な問題に過ぎなくなる。  〇仕事観と精神的余裕の差  賢明な親を持つ子供は、仕事を俯瞰した視点で見ることができる。親から「出世=人生の目的」という価値観を植え付けられていないため、自分を大切にしながら高いパフォーマンスを発揮できる。 一方で、一般家庭では出世に執着するか、あるいは完全に諦めるかの二極化が起きやすい。特にサラリーマン社会では役職が給与に直結するため、生...

GHQが再構築した日本社会

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日本は太平洋戦争に敗れ、その傷跡は社会の至るところに残された。しかし、その一方でGHQ(連合国軍最高司令部)は、日本の非軍事化と民主化を目的に、法の下の平等を柱とした大規模な改革を断行した。主な施策は、日本国憲法の制定、農地改革(地主制の解体)、財閥解体、教育改革、華族制度の廃止、財産税の導入、そして天皇家の整理である。これにより、日本社会は世界でも類を見ない「平等社会」へと転換することになる。 1. 財閥解体:支配層の交代と企業再興 GHQは戦前の日本経済を支配していた主要財閥を解体した。これにより、経済を実質的に支配していた財閥一族は没落の道を辿ることになる。解体対象は、三井・三菱・住友・安田の四大財閥をはじめ、大倉、浅野、古河、渋沢、野村などの中堅財閥、さらに富士産業(旧中島飛行機)、日産、日立製作所、東京芝浦電気といった主要コンツェルンにまで及んだ。 興味深いのはその後の変遷である。これらの企業は、解体前に勤めていた中堅社員や技術者の手によって再興され、現代においても名門企業としての地位を保ち続けている。「血筋」による支配から、学閥を中心とした「組織運営」へと、日本社会はシフトすることになる。 2. 農地改革:地主制の崩壊 1947年から1950年にかけて実施された農地改革は、日本の農村構造を根本から覆した。約193万町歩の農地が地主から買い上げられ、475万人の小作人に払い下げられた。 当時の急激なインフレーションにより、地主に支払われる買上金は実質的に紙屑同然となり、農地はタダ同然の価格で小作人へ移転した。この結果、小作地割合は46%から10%に激減し、戦前の地主・小作人制度は崩壊。自作農主体の農村へと変貌した。ただし、林野解放が行われなかったため広大な山林を保持し続けた地主もいたが、その多くも農地を失った困窮から後に山林を切り売りし、かつての優位性を失っていった。 3. 財産税の導入:富の徹底的な再分配 1947年に一度限り導入された財産税は、富の再分配と戦後復興の財源確保に凄まじい威力を発揮した。課税対象は資産10万円(現在の数千万円規模)以上で、最高税率は90%に達した。 当時の10万円は、現在の野村総合研究所による資産分布における「アッパーマス層(資産3,000万円以上)」以上に相当すると推計される。この苛烈な課税により、当時の富裕層・準富裕層の...

常識という名の幻想 — 市場における経験則の脆さ

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 私たちは「常識」という名の縛りに絡め取られて生きている。しかし、その常識は意外にも脆く、しばしば偽善的だ。以前私は「投資家にとって最も危険なのは、時代のトレンドに陶酔することである」 https://investment-v3.blogspot.com/2022/06/blog-post.html と書いた。人は、ほんの数十年程度の事象を「永遠に続くトレンド」として捉える傾向があるが、そのトレンドは時代ともに変化する。これには、人の一生という一世代の短さが影響しているのかもしれない。 (「少子化の常識」を疑え) 世の中には「常識」という幻想に縛られた事例が数多くある。その最たるものが、少子化問題だ。一般的に少子化の原因は、女性の高学歴化や共働きの増加にあるとされる。しかし、歴史を俯瞰すれば「女性は結婚したら専業主婦になる」という考えこそが特異なものだと気づく。 かつて女性は農家や商家における重要な労働力であり、欠かせない存在だった。豪農や士族の家庭でも下女の需要は多く、そもそも「専業主婦」という概念自体が存在しなかった。強いて言えば、それは上流武士や貴族といった特権階級に限られた姿だったのである。 専業主婦という概念が一般化したのは、戦後のわずか20〜30年に過ぎない。しかもその短期間でさえ、夫の収入だけで家計を賄うのは困難で、多くの女性がパート勤務で支えていたという事実を人々は忘れて、専業主婦という概念を昔の家族形態だったと錯覚している。 (株式市場に「常識」はなく、「癖」があるだけ) 経済の根幹には、成長を渇望する人の欲望がある。国もまた、通貨を供給し名目成長を維持し。「年数とともに給与が上がり、生活水準の上昇を図る」構造を持続さなければならない。このような適度なインフレを維持しないと、なぜか社会の平穏を保つことができない。株式市場も同様だ。 しかし、人の欲望は暴走し、実体経済を無視した暴騰を引き起こす。実体経済規模と市場規模が釣り合わなくなりバブルが発生する。大抵の場合、実体経済との乖離が容認できなく成るまで膨れ上がりバブルの風船は破裂する。  その後は数年の冷却期間を経てもとに戻るが、しっかりとケアしないまま放置すると、暴落の後遺症が社会全体に浸透し、政府がいくらお金を刷っても市場は反応しなくなる。1980年代後半の日本の不動産バブル後の「失われた...