毎日の仕事の中に宝がある~金川千尋会長(信越化学工業株式会社) (個別銘柄:日本株)


1.信越化学工業の経営スタイル

信越化学工業は、日本を代表する超優良化学メーカーです。前回は、鈴木洋CEO(HOYA株式会社)を取り扱いました。HOYAは、大手企業が容易に参入できないニッチに焦点をあて、そこでガリバーになる戦略をとっています。

 信越化学工業は、HOYAより市場規模の大きい分野で世界的なシェアと高収益を上げています。

 経営モデルは、標準的な日本企業と変わらないオーソドックスなビジネスモデルですが、営業は営業力、製造は技術力という基礎力に注力を注ぎ、金川会長がそれをうまくコントロールするスタイルです。

 はじめに結論付ければ、この会社は、金川会長が退けば普通の日本企業に戻る可能性が高いということです。他の大手化学メーカーと同様の道を歩んでいくということが想定されます。今の輝きは金川会長という稀有な才能に依存しております。

 

2. ウエルカムな老害

 金川会長は、信越化学工業の塩化ビニル製造の中核企業である米国子会社シンテックの成功をきっかけに、本社社長にまで上り詰めました。これはセブンIホールディンクスの鈴木前CEOにも似た、半分たたき上げ的な出世の道筋です。

 そして、社長に就任してからは、バブル崩壊後に関わらず、信越化学工業を大きく飛躍させ続け、気が付くば、90歳を超えても現役の会長職に就いています。

 一見すると老害というマイナス面にも見えなくもないのですが、信越化学工業の事業をここまで安定したビジネスに育て上げた実績を考慮すると、社員からみたらウエルカムな老害ともいえます。

 さらに、長期にわたって経営権を握っているからこそ、一般的な日本の大企業のように、サル山のボスザル争いで勝ち残った無能な経営陣の輩出を抑えています。これこそがライバルメーカー停滞をよそに好調を維持できる要因の一つではないでしょうか。

 

3. 技術力を大切にする精神

 金川会長は技術者ではないのですが塩化ビニルの将来性について、相当しっかりとした考えをもっているようで、それは下記インタビューにも表れています。

---金川会長のインタビューより---

 設備投資の基本は「販売先行」です。製造したモノを売れる自信がなければ設備投資に踏み込めません。塩ビの設備は大きな投資が必要になりますから、慎重な判断が必要です。シンテックの工場が稼働を始めたのは1974年です。シンテックは私が企画、立案して生まれた会社です。私は「塩ビはすぐれた素材であり、確実需要が増える」という確信があり、その確信は今日まで変わりません。

 他社が新しいものを開発したということがあれば、当社はこれでいいのかと。その分野の開発はどうなっているのか。無視してもいいのかどうか。結構考えることはいろいろあります。

 事業も同じです。重要なのは技術力です。現在の塩ビの生産性を大幅に伸ばすことができたのは、当社の技術者の努力のたまものです。「モノは売っても技術は売らない」というのが、私の信念です。

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これは想像ですが、技術者といっても相当の上級な知識や知見がないと化学や技術の知識において金川会長に太刀打ちできなのではと勘ぐってしまいます。これも想像の範疇ですが、この人の前で技術的なプレゼンテーションするのは相当緊張するのでは。いい加減なことやごまかそうとしてもすぐに見破られる鋭さがありそうです。

 

4. 金川社長の営業に対する向き合いかた(営業の心得7箇条)

第1条

易きにつくな 狭き門より入れ

第2条

困っている顧客を助け ファンにする

第3条

キーマンを見つけ 営業の効率化を図る

第4条 

顧客のクレームこそ 天がくれたチャンス

第5条 

最悪を想定し 保険をかける

第6条 

数字に表れる前に 変化の兆候を掴む

第7条 

営業に必要なのは 強い執念である

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金川会長は、製販の連携に注力し、工場で作られる商品を営業が確実に売り抜く体制を強固に作り上げています。つまり、売れることを見込んで設備投資をすると格好いいことを言っておりますが、最終的にはこれら営業軍団の力で商品をさばいていることでしょう。なので、「第7条 営業に必要なのは 強い執念である」の気負いで売り抜いているのでしょう。

技術者には「モノは売っても技術は売らない」と言って、営業には「困っている顧客を助け ファンにする」とハッパをかける二枚舌です。抜け目のない経営者です。

 また、この7箇条を読むと私は信越化学工業は典型的な日本企業だと読み取ってしまいます。金川会長は大正生まれですからでしょうか。鈴木洋CEO(HOYA株式会社)などからみたら、それを考えるのがお前の仕事だろ。俺はお前を営業のプロとして高い賃金を払って雇っているのだから~と言われそうです。

 

5. 金川会長の真骨頂

---金川会長のインタビューより---

 真正面からやって、相手がだんだん撤退していくわけだから。アメリカで1974年に塩ビ事業を始めた時は13社あって、弊社は一番ビリっ子。今はダントツのナンバーワン。私は強い事業、特に世界トップとか、そういうものをますます強くしていくことが大切と思っている。

 そして、毎日、毎日の仕事の中に宝があるんです。市況の波に直面しても日々やるべきことを実行して、一つ一つ乗り越えてきました。毎日欠かさず、数々のデータを分析して、課題に対処すべく考え続けることが大切です。

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 経営者として、強い優位性のある事業はより強く。それを追い求めるために基本に忠実に足固めをする。そうしているうちにライバル企業が脱落していく。

この社長は技術と営業を掌握し、市況などのデータ分析にも強い。こんなことが自由にできるのは、生まれながらの経営者、オーナー経営者ぐらいです。

 これだけすごい感性の持った経営者は、日本ではなかなか輩出しにくく、日本の会社は上司の様子を伺いながら仕事をしなくてはいけません。そこには正解も不正解もありません。あるのは上司の意向のみです。そして上司より出来の悪い人間も演じなければいけません。そうやって出世の階段を一歩ずつ昇らないといけないのです。そういう人が社長になっても、世界の強豪相手に打ち勝つところか現状維持が精いっぱいです。それが回りまわってその会社の株価の長期停滞を引き起こします。

 

6. 信越化学工業への投資評価

間違いなく、この人が去ったら、信越化学工業内部でもサル山のボスざる争いが密かに始まります。そして、何代目かの社長が致命的な経営ミスを起こします。さらに、そういう奴ほど経営幹部を去りたがらず院政を敷きます。それは日本の大企業で日常茶飯事に起きていることです。

こうしてみると、投資対象としての信越化学工業は、金川会長が一線で活躍する時までと判断します。

 バフェットが投資対象として、以下の有名な例えがありますが、

 「無能な経営者でも実績を出せるようなビジネスモデルを有する企業」

 信越化学のビジネスモデルは無能な経営者では務まりません。なので、この言葉は当てはめられません。

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