40代から50代、そして60代 高齢期に向けた脳の使い方

 


「頑張り方」の方針変更

 事務作業が中心になった現代では、疲れは体というより、頭、つまりの脳の疲れへの比重が高まっている。今の時代、勉強や仕事で頭を使い、プライベートでもSNSで頭を駆使している。つまり、一日中、脳をフル回転しているようなものである。

40代は、多くの人にとって「まだ無理がきく」年代である。

睡眠を削っても、仕事を詰め込んでも、週末に立て直せる。その成功体験があるからこそ、50代に入っても同じ頑張り方を続けてしまいがちだ。しかし、そこには見えにくい落とし穴がある。

50代になると、脳と身体の前提条件は静かに変化する。能力が急激に衰えるわけではない。変わるのは回復力である。

判断や集中を担う前頭前野は、年齢とともに「使った後の戻り」に時間がかかるようになる。40代までと同じく常に全力で使い続けていると、疲労は抜けず、結果として疲れだけが引きずるようになる。

脳が疲れる正体

ここで脳の疲れとは、血糖値の乱れ、情報過多、休息不足、そして脳のエネルギー不足だ。それを補おうと甘いものや菓子パンなどを単独で摂ると、血糖値が急に上がり、一時的に頭が冴えたように感じるが、その後、血糖値が下がると、強い疲労感や集中力の低下を招く。

それに加えて、スマホやSNSによる情報過多は、脳を休ませる時間を奪い、「疲れているのに眠れない」「急に集中できなくなる」といった状態を起こす。

水分不足も脳疲労の原因になる。朝や午前中に水や白湯を飲み、コーヒーだけに頼らないことも大切である。


脳の使い方を選び直す

40代では、脳を「使いすぎ」ても、頑張りが効く。多くの人は、高校や大学の受験、そして仕事では夜遅くまで働くなど、限界まで脳を酷使する生活が続く。しかし、50代ではこういった生活に限界に見舞われる。前頭前野の回復スピード低下、ワーキングメモリ容量の減少、自律神経の切り替え不全。ONとOFFが切り替わらない状態で同じ負荷をかけ続けると、精神、そして身体に不調をきたし、自分の健康寿命を削る事になる。ここから必要なのは、脳をフル回転で使う事ではなく、使い方を選び直す知恵である。

50代では、「すべてを自分で抱える」「すべてに100点を出す」姿勢は物理上難しくなるため、力を出す場面を限定し、それ以外は70〜80点で回す判断力が求められてくるのだ。

短く、鋭く使い、休むことを前提に生活設計を組み直していく必要がある。


(50代以降の人生をより豊かに)

実際、50代では回復を組み込んだ1日の設計が欠かせない。朝の頭が冴えている時間帯に、考える仕事や意思決定を集約する。昼以降は判断を減らし、守りに入る。夕方には明確に仕事を切り上げ、夜は脳を回復させる。この流れを意識するだけで、翌日のパフォーマンスは大きく変わる。

朝にタンパク質をとる、通知を切る時間をつくる、「何もしない時間」をあらかじめ設ける。

特に重要なのは、「何もしていない時間=サボりではない」という認識だ。それは戦略的なメンテナンスである。

もう一つ大切なのは、頑張れなくなった自分を否定しないことだ。

50代で求められるのは限界まで頑張る事ではなく、経験から本質を見抜き、排除・委譲・簡略化によって無駄な摩耗を避ける。この事を裏返せば、高齢になるに


つれ、調整毎のいい仕事は心身を痛みつけるということも言える。そういった事を心がける事により、50代以降の人生をより豊かなものに出来るのではということだ。



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