二重価格が映し出す日本経済の歪み
1. ニセコが映す「二重価格」の実態
インバウンド需要の急増を背景に、日本各地で「二重価格」とも呼べる現象が常態化しつつある。これは、一部の富裕層や訪日客が牽引する局地的な物価高と、長年のデフレに慣れた国内市場との間に生じた、深刻な歪みを浮き彫りにしている。
その象徴が、国際的リゾート地、北海道・ニセコである。天ぷら蕎麦が3,500円、ディナーコースが数万円という価格設定は、もはや日常の光景だ。地元スーパーでは高級食材が並び、高額な消費も珍しくない。地価も高騰を続け、数億円規模の不動産が流通する。この現象は、2010年以降の世界的な金融緩和で膨張した資金がインバウンド需要として日本に流れ込んだ結果であるが、その本質は、実質的な円安によって日本の購買力が相対的に低下したことに起因する、特殊な価格構造と言える。
2. 全国へ広がる二重価格の波
この動きはニセコに限らない。姫路城や富士山をはじめ、全国の観光地で訪日客を意識した料金設定の導入が進んでいる。これは、30年近くに及ぶデフレで停滞した国内価格と、バブル崩壊以降もインフレが継続した場合の「あるべき価格」との乖離に過ぎない。いわば、日本の物価は長い間、時間が止まってしまった。この乖離の是正が、「二重価格」として表面化している。
3. 企業行動の変化と一般消費への波及
当初、この特殊なインフレの影響は観光地や富裕層消費に限定されていた。しかし、企業はこの流れを価格転嫁の好機と捉え、2021年以降、コスト増を理由に広範な商品・サービスの値上げに踏み切った。これは、利益を削ってでも価格を維持せざるを得なかったデフレ時代の経営から脱却し、企業が適正な利潤を確保する「正常な経済活動」への回帰とも言える。
結果として、多くの国民が物価高に苦しむ一方、企業はインバウンドと富裕層の旺盛な消費を収益源とすることで業績を確保する、という二極化した構造が定着しつつある。この企業収益の安定が、現在の株式市場を下支えしている。
4. インフレが加速させる格差社会
現在のインフレは、一過性の現象ではなく構造的なトレンドとなる可能性が高い。その中で、価格転嫁や新たな需要を取り込める企業と、そうでない企業との業績格差は拡大するだろう。それは個人の所得にも直結し、高額な報酬を得る層と、賃金上昇が物価高に追いつかない層との分断を深刻化させる。
政府は課税強化などで格差是正を図るが、効果は限定的だ。しかし、歴史的に極端な格差への抵抗感が強いとされる日本社会において、この問題は深刻な不満の火種となり、政治的な不安定要因になりかねない。
5. 政治と経済の歴史的転換点
かつて世界の経済学者は、日本のバブル崩壊後の「失われた30年」を研究し、禁じ手とされた金融緩和などを自国の政策に取り入れた。しかし今、日本自身が「少子高齢化が進む成熟経済において、いかに富の分配と成長を両立させるか」という、前例のない難題に直面している。
西欧諸国が移民政策による労働力によって経済を維持してきたのに対し、日本では社会・文化的な背景から同様の政策導入には慎重な議論があり、独自の道を模索している。この手探りの試行錯誤の過程では、政治・経済両面での混乱が生じる可能性も否定できない。
投資家は、これから社会的な緊張や政治の不安定化という暗いニュースに包まれながらも、企業が二重価格構造を背景に利益を確保し、株価が上昇する矛盾したダブルスタンダードの恩恵を被る可能性が高い。
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