資産に余裕のある者は南欧の生き方に学べ

 日本人は勤勉で責任感が強く、細部まで妥協しない姿勢によって、世界中で高い評価を築いてきた。一方で、仕事に対する美徳意識や完成度への過度なこだわりが、仕事を生活の中心に押し上げ、その結果として心身の余裕を失っている場面も少なくない。

こうした状況を踏まえると、日本人は「人生をいかに有意義に生きるか」という点において、南欧の人々の仕事観や生活スタイルから学ぶべき点が多いのではないだろうか。


南欧では、仕事は人生を支える大切な要素でありながらも、それが人生のすべてではないという価値観が根付いている。家族や友人との時間、食事や休息を大切にし、予定が多少ずれても柔軟に受け入れるおおらかさがある

この姿勢を見習うことは、決して責任感を手放したり、いい加減にだらだら過ごしたりすることを意味しない。実際、南欧では公共機関が時間どおりに運行しないとか、飲食店のサービスや街の清潔さが、日本と比べて劣っていると感じる場面も少なくない。

しかし、目指すべきはそうした側面の模倣ではない。南欧では仕事において、形式や過程に過度に縛られることなく、本当に重要な部分に集中する姿勢が見受けられるような、「力を入れるべきところ」と「肩の力を抜くべきところ」を見極めることだ。現代の日本では、本来は力を抜けるはずの場面でさえ、目に見えない同調圧力によって緊張を強いられている人が少なくない。メリハリをつけることができれば、心に余白が生まれ、日々の生活はより充実したものになるはずである。


日本人が社会生活で本当に必要とするもの

グローバル競争の激化によって日本社会は、仕事が永続的な保障ではないという不安、競争に敗れることへの恐怖、そして日本特有の同調圧力が生み出す閉塞感に覆われている。さらに、現代の日常生活は、コストパフォーマンスやリスクマネジメントといった言葉に常に晒され、老後破綻、インフレによる資産価値の目減り、AIによるホワイトカラー不要論など、不安を煽る情報に満ちていることで、それが街に閉塞感として充満しているのである。だからこそ、情報を冷静に俯瞰できるだけの心の余裕を持ち、南欧の生活スタイルを取り入れることは、日常生活を謳歌するうえで極めて重要な考え方なのである。

ただし、その境地に到達できるのは、人生における大きな役割を終えた富裕層の高齢者や、億単位の資産を築いたリッチ層に限られてしまう悲しい現実が横たわっている。彼らに共通しているのは、「お金によって人生を振り回されない領域」に到達している点である。言い換えれば、世間や社会を一定の距離から俯瞰できる立場にあるということだ。

資産に余裕のある人ほど、南欧の生き方を取り入れよう

 ある程度の資産を築けば、生活への不安は大幅に軽減される。それに、南欧特有のおおらかな視点から、自分に過度な厳しさを課し、常に緊張を強いる生き方から離れ、おおらかな思考に身を置くことへとシフトし、日本社会を俯瞰できるようになれば、日本社会を逆回転して見れるようになるであろう。

贔屓目かもしれないが、日本は多くの分野で世界トップクラスの品質、性能、サービスを誇っている。しかし、それらは日本人が半ば強制的に要求されてきた仕事への向き合い方の上に成り立ってもいる。であるならば、自分たちがその犠牲者になるのではなく、そこから生み出された成果の「享受者」になるという選択肢を得ることが出来るようになる。日本の優れたサービスを、心から自分のものとして楽しめる贅沢を味わうことができるはずだ。


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