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「学歴」より「生存戦略」。社会を勝ち抜く力

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 (社会の本音と建前) JX金属執行役員が語る「生意気だけどチャーミングな人材」という記事がある。 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC08A720Y6A100C2000000/  しかし、こうした言葉を額面通りに受け取ると、企業社会の現実を見誤り、結果として手痛い損失を被りかねない。  採用現場において、役員の示す理想像に沿った人材が一定数採用されるのは事実である。人事部としては、組織の同質化を避け、変化に耐えうる多様性を確保したいからだ。しかし、現場配属後は様相が異なる。率直な意見をぶつける「生意気なタイプ」ほど上司や周囲と衝突しやすく、結果的に数年で職場を去る例は枚挙にいとまがない。  実際、一般社員の評価権を握るのは、役員ではなく直属の課長や部長である。彼らに敬遠されれば、実力以下の評価を下されることも珍しくなく、昇進の機会も損なわれる。大企業で管理職に登り詰める人物の本質は、「生意気さ」よりもむしろ、上司との調整能力や組織運営の巧みさにある。理不尽な要求に対しても、矛盾を飲み込みながら組織としての落としどころを探れる人間でなければ、出世の階段を上り続けることは難しい。 (経営層の語る建前)   こうした記事に見られる言葉には、企業側の本音と建前が混在している。例えば、多くの社長が新入社員へ贈る「現状に満足せず、改革精神を持て」という訓示や、成功した経営者が語る「若い頃は上司とぶつかった」という美談がそれだ。 しかし、後者の多くは成功後に加えられた物語としての「装飾」であり、現実の大企業で“暴れ馬”のような人物が順調に昇進するケースは、極めて例外的といえる。大企業の社長が語る理想論は、従順な社員ばかりになりがちな組織に対する「アンチテーゼ」として機能しているに過ぎない。 (企業ごとに求める人物像は異なる)   しかし、こうした「社長の言葉」が全くの的外れというわけではない。未上場の中堅企業や中小企業、ベンチャーにおいては、周囲との“調整力”よりも、仕事の実力と実績を出せる人材こそが必要とされるからだ。 これらの企業は大企業と異なり、経営基盤が脆く、取引先からの厳しい要求に応え続けなければ生き残れない。つまり、実力のない人間が社内政治に終始して出世できるような「余裕」がないのだ。そのため、指...

人生は格差に満ちている:親という名の「致命的な差」

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 (親の差は決定的一因である)  昨今「親ガチャ」という言葉が浸透しているが、実のところ、親による格差は人生において決定的な影響を及ぼす。  〇学歴と教育観の差  一定以上の学歴を有する親は、「学歴の本質」を 理解している。彼らは大学へ行く意義を理解した上で、社会に出れば学歴以上にコミュニケーション能力や総合的な人間力が重要であることを知っている。そのため、運動や課外活動を含めた広い視野で子育てを行う。 一方、学歴コンプレックスを抱え、社会的な成功を実感できていない親の一部は、大学の「格」や「偏差値」に固執し、子供をその枠に押し込めようとする傾向がある。  しかし、人生という長いスパンで見れば、前者の家庭で育った子供の方が「勝ち組」となることが多い。極端な例を挙げれば、勉強しか能のない東大生よりも、程々の地頭と要領の良さを持ち、周囲と協力できる一般大生の方が、組織において高く評価されるのはよくある話だ。賢い親は「生きた社会」を知っているが、そうでない親はマスコミやSNSの断片的な情報に振り回され、本質とは異なる方向へ子供を誘導してしまう。これも一つの「親ガチャ」の姿である。  〇経済的基盤の差  一般家庭の場合、会社員としての給与だけで、中流以上の生活、教育費、住宅ローン、そして老後資金のすべてを賄うのは容易ではない。そのため「老後貧乏」という言葉が現実味を帯びる。多くの場合、子供もまた親と同じように金銭的な苦闘を強いられる人生を歩むことになる。 対照的に、経済的基盤が盤石な家庭で育った子供は、金銭的な不安を抱かずに成人し、結婚や住宅購入に際しても親からの手厚い支援が期待できる。実家で過ごす時間が長ければ自然と蓄財も進み、さらには相続も期待できる。生まれた家庭によって、人生の「背負う荷物の重さ」は根底から異なるのだ。こうなると、単なる就職先の給与差などは些細な問題に過ぎなくなる。  〇仕事観と精神的余裕の差  賢明な親を持つ子供は、仕事を俯瞰した視点で見ることができる。親から「出世=人生の目的」という価値観を植え付けられていないため、自分を大切にしながら高いパフォーマンスを発揮できる。 一方で、一般家庭では出世に執着するか、あるいは完全に諦めるかの二極化が起きやすい。特にサラリーマン社会では役職が給与に直結するため、生...

GHQが再構築した日本社会

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日本は太平洋戦争に敗れ、その傷跡は社会の至るところに残された。しかし、その一方でGHQ(連合国軍最高司令部)は、日本の非軍事化と民主化を目的に、法の下の平等を柱とした大規模な改革を断行した。主な施策は、日本国憲法の制定、農地改革(地主制の解体)、財閥解体、教育改革、華族制度の廃止、財産税の導入、そして天皇家の整理である。これにより、日本社会は世界でも類を見ない「平等社会」へと転換することになる。 1. 財閥解体:支配層の交代と企業再興 GHQは戦前の日本経済を支配していた主要財閥を解体した。これにより、経済を実質的に支配していた財閥一族は没落の道を辿ることになる。解体対象は、三井・三菱・住友・安田の四大財閥をはじめ、大倉、浅野、古河、渋沢、野村などの中堅財閥、さらに富士産業(旧中島飛行機)、日産、日立製作所、東京芝浦電気といった主要コンツェルンにまで及んだ。 興味深いのはその後の変遷である。これらの企業は、解体前に勤めていた中堅社員や技術者の手によって再興され、現代においても名門企業としての地位を保ち続けている。「血筋」による支配から、学閥を中心とした「組織運営」へと、日本社会はシフトすることになる。 2. 農地改革:地主制の崩壊 1947年から1950年にかけて実施された農地改革は、日本の農村構造を根本から覆した。約193万町歩の農地が地主から買い上げられ、475万人の小作人に払い下げられた。 当時の急激なインフレーションにより、地主に支払われる買上金は実質的に紙屑同然となり、農地はタダ同然の価格で小作人へ移転した。この結果、小作地割合は46%から10%に激減し、戦前の地主・小作人制度は崩壊。自作農主体の農村へと変貌した。ただし、林野解放が行われなかったため広大な山林を保持し続けた地主もいたが、その多くも農地を失った困窮から後に山林を切り売りし、かつての優位性を失っていった。 3. 財産税の導入:富の徹底的な再分配 1947年に一度限り導入された財産税は、富の再分配と戦後復興の財源確保に凄まじい威力を発揮した。課税対象は資産10万円(現在の数千万円規模)以上で、最高税率は90%に達した。 当時の10万円は、現在の野村総合研究所による資産分布における「アッパーマス層(資産3,000万円以上)」以上に相当すると推計される。この苛烈な課税により、当時の富裕層・準富裕層の...

常識という名の幻想 — 市場における経験則の脆さ

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 私たちは「常識」という名の縛りに絡め取られて生きている。しかし、その常識は意外にも脆く、しばしば偽善的だ。以 前私は「投資家にとって最も危険なのは、時代のトレンドに陶酔することである」 https://investment-v3.blogspot.com/2022/06/blog-post.html と書いた。人は、ほんの数十年程度の事象を「永遠に続くトレンド」として捉える傾向があるが、そのトレンドは時代ともに変化する。これには、人の一生という一世代の短さが影響しているのかもしれない。 (「少子化の常識」を疑え) 世の中には「常識」という幻想に縛られた事例が数多くある。その最たるものが、少子化問題だ。一般的に少子化の原因は、女性の高学歴化や共働きの増加にあるとされる。しかし、歴史を俯瞰すれば「女性は結婚したら専業主婦になる」という考えこそが特異なものだと気づく。 かつて女性は農家や商家における重要な労働力であり、欠かせない存在だった。豪農や士族の家庭でも下女の需要は多く、そもそも「専業主婦」という概念自体が存在しなかった。強いて言えば、それは上流武士や貴族といった特権階級に限られた姿だったのである。 専業主婦という概念が一般化したのは、戦後のわずか20〜30年に過ぎない。しかもその短期間でさえ、夫の収入だけで家計を賄うのは困難で、多くの女性がパート勤務で支えていたという事実を人々は忘れているのに、人々は専業主婦という概念を昔の当たり前の家族形態だったと錯覚している。。  そして少子化の本質は、女性の高学歴化や社会進出も一因ではあるものの、人類の急激な「長寿化」による遺伝子の適応ではないだろうか。かつて人生50年と言われた時代から、今や「30代のような50代」「50代のような80代」のようなと異常とも言える若返りが実現した。人の活動期間がこれほど劇的に延びれば、種として多くの子を産む必要性は低下しただけである。仮に天変地異や疫病で人口が激減すれば、遺伝子は種としての危機感を感じ、生物学的本能として再び出生率は高めて、種としての生き残りを図るようになるはずだ。つまり、子供を産むのが常識的な家族形態ではなく、種としての生き残りを図るために遺伝子が子供を産むように仕組んでいたにすぎない。 (株式市場に「常識」はない、あるのは「癖」だけだ) 経済の根幹には、成長を渇...

バフェット指数が鳴らす警鐘――「見えないレトリック」とAI革命の期待値」

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 バフェット指数が示す株式市場への警鐘の解釈 (バフェット指数が物語るもの) バフェット指数は、株式市場の時価総額をGDPで割った指標であり、一般に100を超えると過熱気味と解釈されます。2020年以降、この指数は急上昇し、現在は200を超える水準にあります。これについては、主に以下の二つの解釈が考えられます。 ・株式市場はバブル化しており、冷却局面を経て暴落する可能性が高い。 ・米国の優良企業はグローバル展開が進んでおり、国内GDPと時価総額の単純比較はもはや実態に即していない。 実際、グローバル企業の株価には海外での利益も反映されるため、多国籍企業を多く抱える国ほど、国内GDP比での時価総額は肥大化する傾向にあります。とはいえ、世界のバフェット指数も130%強と高水準にあり、過熱感は否定できません。この「過去の常識を覆す」数字は、いったい何を物語っているのでしょうか。 (バフェット指数の押し上げ要因1(「マグニフィセント・セブン」の隆盛)) 主因のひとつは、「マグニフィセント・セブン」の巨大な時価総額です。NVIDIA、マイクロソフト、アップルなどの時価総額は3兆ドル超の企業もあり、合計で20兆ドル規模に達するとされます。わずか数社で中国のGDPに匹敵し、米国GDPの相当割合を占める規模です。過去の経験則に照らせば、水準訂正(バリュエーションの見直し)が生じても不思議ではありません。 もっとも、ここまで時価総額が膨らむ過程では、致命的な事業リスクを抱えながらもそれを乗り越え、卓越した経営能力と業績を積み重ねてきたという事実も見逃せません。近年はAIバブルの象徴と見る向きもありますが、AIデータセンターへの巨額投資競争が何十兆円規模の資金循環を生み、将来的な歪みへの懸念から2000年のITバブル再来が囁かれています。他方で、これら企業は強固な事業基盤と戦略を備えており、当面は良好な決算を維持する可能性が高いとも言えます。市場がこれら銘柄を今後どのように評価していくかは、引き続き注視が必要です。 (バフェット指数の押し上げ要因2(大規模金融緩和による通貨発行と債務の肥大化)) 「マグニフィセント・セブン」の膨張の背景には、リーマンショックやコロナ禍後の大規模金融緩和による余剰マネーの拡大があるとされます。一方で、経済規模を超える通貨供給や債務増は国を危機に陥...

江戸時代の人々の生活から見る資産形成の普遍的法則

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 江戸時代は「士農工商」という身分制度により固定化された社会と思われがちですが、実際には身分に関わらず、才覚次第で巨額の富を築ける実力主義の側面も持ち合わせていました。当時の成功事例を分析すると、現代にも通じる資産形成の法則が見えてきます。 1.普通の商人が事業を大きくするには ① 江戸などの市場を活用 地方で小規模な商売をしていた商人が、食料・衣料・雑貨など消費需要の高い「百万都市」江戸を相手に商売を展開。 ② ニッチ市場の開拓 大商人が扱わない特殊な商品(薬種問屋、古着商、傘や下駄の修理業など)に着目し、徐々に規模を拡大。 また、商品の品質向上や独自の工夫で差別化を図る。例:菓子商が独自製法で人気商品(羊羹や煎餅など)を生み出す。 ③ 倹約と再投資 利益を生活費に使わず、事業拡大に再投資。江戸時代の成功商人は倹約家が多く、贅沢を避けて資本を蓄積。 2.普通の農家から地主になるには ① 節約と余剰資金の蓄積 自作農が倹約して余剰資金を蓄え、隣接する土地を買い足す。江戸時代は貨幣経済が浸透し、米や副産物(菜種油、綿花など)を販売して資金を増やす。 ② 困窮農民の土地を取得 凶作や不作で困窮した農民が土地を手放す際に買い取り、徐々に土地を集積して地主化。 ある程度の規模になると小作制度を活用し、買い集めた土地を小作人に貸して年貢や地代を取る。   (地主は農業経営よりも金融・土地経営に近い存在へ) さらに、村役人や庄屋などの役職に就き、情報や人脈を利用して財産を拡大。 ただし、村八分などの掟を潜り抜ける必要があり、信用・協調・規律遵守が不可欠でした。江戸時代の農村は年貢負担の連帯責任が基本で、勝手な行動は許されなかったため、地主まで上り詰めるにはしたたかな対応が求められました。 3.武士は現代の公務員 武士は現代の公務員に近い存在でしたが、資産形成の観点では不利な立場にありました。 武士は藩から「扶持米」や「俸禄」を受け取り、基本的な食糧は確保されていました。俸禄は米で支給されることが多く、飢饉でも藩が武士への供給を優先したため、直接的な飢えなどは回避されました。 しかし、俸禄がインフレに弱い固定制だったため、米価高騰時には現金収入が減り、生活は困窮。下級武士は借金や質屋通いが常態化し、副業(傘張り、提灯作り、習字の師匠など)でしのぐケースもありまし...

個別株投資こそ人生の至極の時間

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 資産運用としての一般論的な株式投資には、いささか疑問を抱かざるを得ない。マネー雑誌では、株式投資のリスクを意図的に無視するかのように、まるで社債や預金のような貯蓄商品として扱っているように見受けられる。そこでは、市場が右肩上がりに推移することを前提とし、定期預金のような資産増を見込んで投資計画が立てられている。しかし、株式投資において年利10%を目標に運用するといっても、市場はまるで獰猛な生き物のように、投資家のそういった期待を裏切り続ける。皮肉な事に、投資家がそうした裏切りに根を上げたころに、ようやく株価は投資家の思うような動きに変転するものだ。株式投資は定期預金とは似て非なるもので、株価が将来どのような動きをするかなど誰にも予測できない。2倍になるかもしれないが、半分になるかもしれない。このような不確実性の高い投資を、国が推奨しているという皮肉さが、現実の世界には横たわっている。 (「将来期待」という株価上昇の根源)  株価は企業の事業成績で決まるものだが、実際の動きは、その銘柄の将来への期待感に大きく左右される。同じ決算であっても、将来期待が高い企業の株は大きく上昇するが、期待がないと横ばいか下落傾向に推移する。 この将来期待の対象は、主に以下の二つに分けられる。 ・将来性のある産業のスタートアップ企業 ・成熟はしているものの、確実に売上と利益を伸ばしている企業 こういった分析は、投資家にとっては、「言うのは易し行うのは難し」である。素人がこれらの将来期待がある銘柄を見つけても、その多くは既に玄人投資家がずっと前から買い込み、成長期待を超えた価格が形成されているのが常だ。つまり、将来期待と投資タイミングは別物で、これらの銘柄を単純に購入しても必ずしも儲かるということにはならない。 (情報弱者としての一般投資家)  投資家が肝に銘じなくてはいけないのは、どの企業も、長期にわたってバラ色の経営を続けることは不可能であるということだ。企業は常に何らかの深刻な問題と戦っているのである。また、株価というのは、理論上の値で収まることは稀で、大抵は高すぎるか、安すぎるかのどちらかにブレてしまう。このため、投資家はファンダメンタルやエコノミスト評価などをもとに、どれほど綿密な分析をしても、ちょっとした決算の変動で株価が3割から4割下落し、あっさりと含み損を抱えてしま...

日銀の利上げは「真面目な中間層」への“ご褒美”に変化

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(官邸との「共鳴」で動き出した利上げの機運) 植田総裁と高市総理の11月18日の会談を契機に、日銀高官から利上げを示唆する発言が相次ぎ始めた。この一連の動きは、政府側が金融政策の正常化へ向けて一定程度の容認姿勢を示したことの表れと推測される。  「景気認識『日銀と食い違いない』 植田総裁の早期利上げ示唆で―片山財務相」 https://www.jiji.com/jc/article?k=20251202 00457&g=eco (植田総裁が懸念する「欧米の轍を踏まない」政策) 「日銀・植田総裁『調整が遅れると混乱引き起こす』利上げが後手に回らないよう対応する考え示す」 https://news.yahoo.co.jp/articles/3a555561615e8065dcba30c1ad371a41762b06bf ここで注目すべきは、植田総裁は「現在の金融市場はまだ緩和的な状況にあり、アクセルを踏んだ状態だが、その踏み方を調整している」と述べ、「緩和度合いの調整が遅れれば欧米のように高インフレに陥り、政策金利を4〜5%に引き上げざるを得なくなる」と警鐘を鳴らしたことだ。 この発言は、前回までのデフレ懸念を一掃し、これまでの日銀会合が政治的な動向を強く意識して運営されてきたことを示唆する。責任を最小限に抑えつつ、政策を前に進める――まさに秀才としての面目躍如と言えるだろう。 (物価高に苦しむ庶民と「新たな格差」への政府のジレンマ) 高市総理は従来、金融緩和派であり、利上げには強硬に反対してきた。しかし、今回容認した背景には深刻な物価高の収束を図る狙いがある。物価高は政権支持率に直結するからだ。 ただし、現在の日本経済は20年前のデフレ期とは構造が大きく異なる。株高・不動産高騰で富裕層の資産は厚みを増し、インバウンド需要は海外との物価差を利用した値上げを容易にした。その結果、庶民が物価高のしわ寄せを一方的に受けている構図は欧米と共通している。  とはいえ、安易な金利引き上げは、競争力のない中小企業や多額の住宅ローンを抱える層に影響する。政府の本音としては、金利をあと2回程度引き上げ程度で押さえたいというところであろう。しかし、歴史が教えるのは、インフレ経済へ一旦転換すれば、そう簡単にその勢いを止めることはできないという厳然たる経験則だ。 (FRB議長交代という...

AI革命が導く人類社会の変容

  AI技術が社会に深く浸透する昨今、この技術はこれまでの産業構造だけでなく、人々の生存や生活様式にまで根源的な影響を与えることが予想されます。本稿では、単なる技術投資の是非を超え、人類の未来という視点から考察します。 1. ヒューマノイド(AI)ロボットがもたらす人間関係の変質  ヒューマノイド(AI)ロボットが実用化された場合、現代社会で既に進んでいる人間関係の希薄化にさらに拍車がかかるでしょう。現時点でも、昭和時代のような家族団らんのコミュニケーションは、SNSや動画配信サービスの普及により激減し、家庭内の会話は著しく減少しました。  家庭内のコミュニケーションが希薄化すると、外部との関係構築にも影響が及びます。他者とのやり取りに対する寛容性が低下し、友人関係の構築も困難になるという問題が指摘されます。その一方で、ヒューマノイドロボットが一般化すれば、「自分好みに設定でき、自分の都合のよい存在となる」ため、友人といった外部の人間関係を必要としなくなる人が増加する可能性もあります。  しかし、これは他者との関わりを通じて得られる成長の機会を遮断することにつながります。人間は、多様な他者と接し、紆余曲折を経験することで精神的に成熟していくものです。ロボットによる代替は、この成長の機会を、極端な場合永遠に奪うことになりかねません。 2. 生涯独身社会の加速とバイオ市場の成立  人間関係を避ける傾向が強まる現代において、異性との交際という高度な情緒的コミュニケーションを必要とする関係性は、ますます困難になっています。ヒューマノイドの流通が一般化される時代は、恋愛や結婚といった関係性は、ごく一部の高い対人スキル保有者にしか得られない特権となる可能性があります。  実のところ、恋愛は男女間の感情から生まれるものであり、政府の政策で容易に解決できる最も難題の一つです。科学技術の発展が、人々を恋愛から遠ざけ、そして結婚から遠ざけるという流れは、あたかもルビコン川を渡るように後戻りできない段階へと社会を追い込んでいると言えるでしょう。  それでも社会は常に新たな需要に応じた構造を生み出します。恋愛が困難な人たち向けに、恋愛用のヒューマノイドが登場するでしょう。ヒューマノイドロボットは価格帯にもよりますが、高価なものは女優やイケメン俳優、アイドル並みの容姿に調整され、性格も自分好...

長期投資の神髄

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 (偶然がもたらす転機) 俳優がスターダムに上り詰める際、不思議なことに、主役が何らかの理由で降板し、代役として抜擢されたことがきっかけで表舞台の脚光を浴びる例は少なくない。これは、本人の実力だけでなく、運や偶然がその人に味方したという側面が大きく、「玉突き」のような偶然が作用した結果です。 この玉突きがなければ、たとえその人が相当な実力を有していたとしても、表舞台に立つことができなかったかもしれません。世の中には、こうした偶然の連鎖によって、人や物事が大きな転機を迎える例が数多くあります。 (実力あっての「玉突き」) しかし、この「玉突き」を単なる運と片付けてはいけません。重要なのは、「玉突き」後に、そのチャンスを最大限に活かせるかどうかという点です。ここにこそ、その人の真の実力が試されます。 スターは、大舞台で実力を発揮し、大物へと成長していきます。しかし、実力が伴わなければ、せっかくの機会を得ても大きく飛躍することなく、そこで終わってしまいます。どんな幸運が訪れたとしても、その結果は最終的に実力に比例するものです。 (投資における「運」の側面) いかなる相場においても、後付けで分析してみると、大儲けを可能にした銘柄は必ず存在します。例えば、リーマンショックのような大暴落時には、大多数の投資家が多額の評価損を被ります。しかし、そこでで購入して半年から1年放置すれば、2倍〜3倍になる銘柄は数多くありました。これは投資タイミングが投資の結果に大きく左右する事を示唆しております。  しかし、投資タイミングの予測は困難で、誰も正確には分かりません。どんなに徹底的に調査をし尽くしても、株価が自分の思うように動かないのは半ば自明であり、投資にはどうしても「運」という要素が付きまとうのです。 (GEに見る長期投資のあるべき姿) 長期投資は、その企業の10年後の売上や利益が、現在の1.5倍から2倍になることを信じる行為です。しかし、現実には、ブランド力や事業競争力があり、堅牢な優良企業であっても、組織が官僚的になり、斜陽期に陥ることで、売上や利益が長期低迷期に陥ることは少なくありません。  例として、GE(ゼネラル・エレクトリック)は2000年頃まで世界トップの名門企業としての地位を謳歌しましたが、その後は事業の解体危機まで追い込まれました。株価もGAFAMの隆盛をよそ...

既得権益職業没落時代の新たなる生き方

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   既得権益職業没落時代の新たなる生き方 (GHQによる日本の民主化) 日本は、明治維新のような社会革命を(比較的)無血で成し遂げるなど、世界でも稀有な歴史を持つ国です。しかし、その明治維新も、実態としては薩摩や長州の下級武士層が時代の波に乗り、新たな既得権益を勝ち取り、新たな支配層として日本社会の中枢を占めるに至ったという側面がありました。そのため、大部分の日本国民の生活は、旧来型の身分意識や社会構造に縛られたままで、大きな変化はなかったとも言えます。 この構造にメスを入れたのが、戦後のGHQ(連合国軍総司令部)でした。GHQは、身分制度の廃止、財閥解体、そして農地改革(地主から土地を取り上げたこと)を断行し、日本の既得権益構造を強制的にシャッフルしました。  強いて言えば、財閥解体を免れた一部のオーナー企業経営者や、医師、政治家、弁護士といった中堅エリート層が、かろうじて特権階級的な地位を維持し、現在に至っています。その一方で、一般家庭出身であっても学業優秀な「学歴エリート」、特に官僚が社会の主導権を握る時代へと移行していきました。 (疲弊する「既得権益職」)    戦後は、官僚などの学歴エリートが、政治、行政、そして三菱、住友、三井といった(解体の影響を受けつつも)旧財閥系の大企業において、主導的な役割を担うようになりました。彼らは必ずしも「大金持ち」ではありませんでしたが、安定した資産と高い社会的地位を築くことに成功しました。  しかし、時代とともに大卒者が増加し、高等教育が一般化するにつれて、こうした「学歴エリート」の特権的な地位は徐々に薄れていきました。結果として、日本は世界でも類を見ないほど格差の少ない、平等主義的な社会の形成に成功したと言えます。  例えば、政治家は依然として強大な権限を持っていますが、「政治資金規正法」などにより、金銭面では厳しい制限が課せられています。かつてのように豪邸を構えれば、すぐに資金の出所をメディアや国民から問われかねない状況になりました。  官僚は、かつては学生にとって最も魅力的な就職先の頂点にありましたが、マスコミなどによる厳しい監視の目によって、安易な「天下り」は困難になりました。その結果、給与水準に見合わない壮絶な激務だけが残り、優秀な東大生が官僚よりも高収入の得られる外資系...

トランプ政策の限界?

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 ニューヨーク市長選挙と、米南部バージニア州および東部ニュージャージー州の知事選挙で民主党が勝利した。これらの選挙の主要な争点は経済対策であり、この結果は、トランプ政権の政策が国民に十分な恩恵をもたらさず、評価されていないことを示唆している。  関税政策や米国製造業の国内回帰、移民問題への対応などは、長期的な視点では一定の合理性がある。しかし、短期的な低所得者向け政策が不十分さが目立つ。多くの国民は、10年後の未来よりも現時点での生活向上を望んでいる。  選挙対策という観点では、トランプ政権は政策の一部修正を迫られるだろう。特に、政府閉鎖の要因となっている民主党の医療費延長要求やフードスタンプ廃止などは、疑問が残る。なぜなら、これらの影響を直接受けるのは低所得者層であり、その結果、トランプ離れが一層加速する可能性があるからだ。 (財政再建と低所得者対策のジレンマ)  日本では、インフレによって低所得者層の生活が打撃を受ける中、ステルス増税を繰り返したことで自民党が過半数を失った。そこには、財政健全化を進めたい財務省の思惑がある。一方、米国では財政健全化のために政府系職員の削減や各種給付金の廃止を進めようとしている。  こうした政策を実施すれば、多くの国民から反発を招くのは必至だ。しかし、先進国はどこも膨大な政府債務を抱えている。とくに日本と米国は危機的な状況にあり、米国では国債の利払い費だけでも1兆ドルを超えるという途方もない税金が使われている。国家の適正な財政運営という観点から見れば、財政健全化は重要な政策である。  しかし、国民は財政健全化のために自分たちの生活を犠牲にすることを容認しない。 (民主主義のジレンマ)  米国も日本も民主主義社会であり、国民の投票によって政治家が選ばれる。民主主義の利点は、王政のように政治にチェック機能が働かず腐敗が蔓延することを防ぐ点にある。民主主義では、権力者が民衆に対し過酷な政治を行えば、国民は選挙でその政治家を落選させることができる。しかし、国民は必ずしも賢明ではない。どんなに正論であっても、国民に我慢を強いる政策を推進すれば、選挙で敗北し議席を失う。国民は目先の利益を政治家に要求し、その政策が将来的に国を没落させる可能性があっても支持してしまう。それが民主主義の「罠」と言える。  近年、米国や西欧ではさらに深刻な問...

日銀金利引き上げ躊躇に見る高市政権の限界

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 日本は、高市政権に大きな期待をかけている。しかし、高市政権が国民を良い方向に誘導するのであろうか。そんな観点で私見を述べる。 (日銀政策の中途半端さ)  日銀は1月に金利を引き上げて以降、6回連続で利上げを据え置いた。その理由は前半は「トランプ関税」の影響で、仮にそれがなければ7月頃には0.75%への利上げが行われていた可能性が高かった。10月には日経平均が5万円を超え、利上げの絶好の機会であるにも関わらず日銀は見送った。背景には高市内閣への配慮があるとされる。 米国当局は、日本に対して健全な経済運営を促すよう忠告している。実際、ベッセント米財務長官はX上で「日本政府が日銀の政策余地を認める姿勢は、インフレ期待の安定と過度な為替変動の回避に極めて重要である」と投稿し、日銀に対し、利上げを求める主張を繰り返している。 日本はすでにインフレ経済に突入しており、物価高対策が喫緊の課題となっている。政府はガソリン減税などによって物価抑制を図ろうとしているが、本来であれば不要な減税ではなく、金利を正常な水準に戻して物価上昇抑止効果を働かせることが先決である。日銀は政府に忖度して、本来あるべき金融政策を行えずにいる。             geminiより作成 (高市内閣の誤謬)  高市総理が所信表明で述べたのは経済対策である。すなわち、総理の認識では日本経済は深刻な苦境にあるということだ。一方で、日経平均は史上最高値を更新し続けている。この乖離は何を意味するのか。 日本において真の意味で好景気だった時期は限られている。高度成長期の最中でさえ、映画『男はつらいよ』に登場する「くるまや」やその周囲の人々は万年不況であった。要するに、経営力の乏しい中小企業は、どの時代でも不況に苦しんでいるのだ。政治家はそうした層の声を無視できない。なぜなら、選挙での支持を失うからである。高市内閣はこの誤謬に囚われ、本当の意味で日本の成長を促す政策に取り組めない可能性が高い。 (日銀の金利引き上げのあるべき姿)  日銀が利上げを行えば、経営力の弱い中小企業に打撃が及ぶのは避けられない。しかし、それを懸念して利上げを見送るならば、政府は永遠に金利を正常化できないというジレンマに陥る。 本来は、金利を引き上げたうえで、その影響を受ける企業に対して一定期間、政府が...

「疑似弱者」という社会の「真の」勝ち組

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 21世紀に入り、民主化の進展と基本的人権の尊重は著しいものがある。政治家は「弱者(負け組)」の保護を訴えなければ、国民からの支持を得ることが難しくなった。特に日本においては、戦前のように富める者は富み、困窮する者がますます困窮するような事態を放置することを国民が許さない。その結果、「勝ち組」には、「負け組」の生活を支援するため、多くの税金が課せられている。 しかし、そこには「疑似弱者」という、法や制度の網の目をかいくぐる「勝ち組」が存在するのも忘れてはいけない。 (弱者保護の盲点を突く) 政治家は、票を投じる有権者が巨大な組織になればなるほど、その意向に逆らいにくくなる。結果として、団体票を持つ組織に利益をもたらす政策を打ち立てざるを得ない。そこには、結果として「富める者が(さらに)富む」という要素も含まれ得る。 また、有権者の中には、自らの権利を確保するため、自身を「弱者」と位置づけ、既得権益の維持や新たな利益を得ようとする人々もいる。一見弱者のように見えても、実態はそうではない「疑似弱者」の存在だ。票によって成り立つ政治家は、理想と現実、そして様々な既得権益と「疑似弱者」の狭間で、政策を打ち出さざるを得ない状況に置かれている。  21世紀の政治は、こうした「疑似弱者」の影響力が強い時代とも言える。既得権益層は社会から批判されやすいが、「弱者」は社会的に同情を受けやすい。さらに、彼らは表向き社会的な「勝ち組」ではないため、社会への不満を表明しやすい立場にある。 さらに、「弱者保護」という観点から打ち出される法案は、与野党問わず反対することが難しい。そしてそのツケは、旧来の「勝ち組」への増税という形で跳ね返ってくる。「疑似弱者」は、そういった政治構造の盲点を突き、様々な恩恵を最も享受しやすい層と言える。 (「勝ち組」が損をする時代) 現代の日本社会においては、制度面で「勝ち組」に様々な負担が強いられている。特に税金面で苦しい立場に置かれがちなのが、サラリーマンの「勝ち組」である。彼らの収入は正確に把握されているため、政府はそこから確実かつ安定的に税を徴収することができるからだ。 つまり、サラリーマンに限らず「勝ち組」になるということは、「強者税」とでも言うべきものを支払っているのに等しい。年収が上がるにつれて責任と仕事量は膨れ上がるにもかかわらず、手取りで...

OpenAIやNVIDIAの循環取引を考える

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 AIは未来を照らす革新的な技術であることに疑いはない。しかし、実用化という観点では、依然として黎明期を脱していない。さらにAIはビックテックの成長期待の現状打破に利用され現在に至っている。 (AIバブルの始まり) 2022年頃には、コロナ特需の終焉とともにビッグテック企業の減収・減益が顕著となり、株価も4割程度と大きく下落した。当時、多くの投資家は2000年のインターネットバブル崩壊とこの下落を重ね合わせていた。しかし、マイクロソフトがOpenAIと連携を強化し、AIの実用化に舵を切ったことで、ビッグテックの株価は反発。GAFAM各社は軒並み上場来高値を更新し、AIバブルが形成された。  その中でも、最も注目を集めたのはNVIDIAで、AIバブルの恩恵を受けて時価総額4兆ドルを突破した。しかし、その背景には、NVIDIA・OpenAI・マイクロソフトなどの間で行われるクローズドな循環取引やベンダーファイナンシングの存在しており、業界全体の売上や利益が実態以上に嵩上げされているのも事実である。 (NVIDIAの循環取引)  最近の循環取引の事例では、①NVIDIAがOpenAIに最大1000億ドルを投資→②OpenAIがOracleにデータセンター構築を発注→③Oracleがその資金でNVIDIAのGPUを購入→④NVIDIAがOracleからGPU販売代金を受け取る。 このように、NVIDIAが出資した資金が巡り巡って自社の売上として戻ってくる構造であり、ある試算では100億ドルの投資で350億ドルの売上が見込まれる可能性との事。 今回の循環取引が白日の下にさらすところまでに至ったという事は、循環取引のワープに入り込んで、風船を大きくしないとN成長性に維持できない苦慮の表れにも推測される。 (投資家の疑念) この手法は、2000年代初頭のCisco、Lucent、Nortelなどが通信機器バブル期に用いたものであり、そのかていバブル崩壊後に大きな損失を被った。これがNVIDIAにも当てはまるかどうかは、現時点では不明であるが、多くのメディアで疑問符を投げかけられている。このため、NVIDIAの次なる循環取引に対し、投資家は容認しない可能性がある。 OpenAI、NVIDIAと200兆円「循環投資」 ITバブル型錬金術に危うさ   (OpenAIの資金構造と...

自民党再建という高市新総裁の十字架

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 これまで石破総理の就任時には、 期待外れの石破政権と今後の動向(2024年12月07日) 「日本貧困化」への国民の怒りが自民党大敗北を導いた(2024年11月02日) 岸田総理の就任時には、 相場の事は相場に聞け 岸田内閣の評価(2021年10月10日) を書いてきました。今回は高市総理に関する私見です。 ■ 総裁選の意外な展開 下馬評では、小泉進次郎氏が次期総裁の最有力と見られていた。石破、岸田、菅と続いた歴代総理が推す人物であり、次期総理の座が目の前に迫っていた。しかし、国民の間では小泉氏の実力に疑問を抱く声も多く、高市早苗氏の総理就任を望む声が多いなど、世論と自民党内の力学には大きな乖離が生じていた。最近の選挙動向を見ていると、マスコミと投票者の意識の乖離が激しく、米国ほど極端ではないが、トランプ氏の当選時と似たような政治的ねじれが日本でも起きている。 ■ 株式市場の反応:高市総裁を歓迎 株式市場は高市総裁の誕生を好感し、株価は上昇した。これは、石破氏や岸田氏が総裁となった場合とは対照的な動きである。高市氏がアベノミクス路線の継承を明言したことで、投資家に安心感を与えたと考えられる。 ただし、アベノミクスは本来、デフレ脱却を目的とした金融緩和政策であった。安倍政権下では、資金を市場に流通させることに注力していたが、岸田政権以降、世界的なインフレの波が日本にも及び、現在では物価高対策が喫緊の課題となっている。 インフレ率2%というアベノミクスの目標は、実際には多くの国民にとって生活を圧迫する結果となっている。賃金の引き上げも、国際競争力とのバランスを考慮する必要があり、グローバル企業を除けば容易ではない。名目賃金が上がっても、実質賃金はマイナスとなってしまう。高市政権がインフレ率2%目標をどう再定義するかが、今後の政策の鍵となる。 ■ 外国人労働者と移民政策:ヨーロッパの教訓 ヨーロッパでは移民問題が深刻化しており、治安や社会統合の面で課題が山積している。一方で、都市部では移民によって経済が支えられている側面もあり、マスコミや都市住民には勝ち組も多いので移民に寛容である。しかし、地方では職種においても移民と競合し、移民受け入れの恩恵を受けにくいため、若者の貧困や不満が蓄積している。外国人労働者を排除すれば経済の停滞は避けられない。だからこそ、政府はいろ...

新たな視点で楽しむ日本

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  (画一的ではない日本人の発想力) 日本人はしばしば画一的な民族だと思われがちですが、実際には非常にユニークで独創性に富んだ国民性を持っている。その好例が、日本人が数多くの受賞者を輩出している「イグ・ノーベル賞」だ。 この賞は「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」に贈られるもので、常識にとらわれない自由な発想の証と言える。例えば2019年には、愛知県と京都大学の研究チームが「牛にシマウマのような模様を描くと、吸血バエからの被害が減る」ことを突き止め、賞を受けた。この研究では、白黒の縞模様を塗った牛は、何もしない牛に比べて吸血昆虫の数が半分以下になったと報告されている。こうしたユニークな研究が生まれる土壌こそ、日本人の面白さの一端を示している。 (江戸時代に秘められた先進性) 日本人の多様性を育んだ歴史的背景として、江戸時代の再評価は欠かせない。かつて教科書では、鎖国によって世界から取り残された停滞の時代と描かれがちだった。士農工商の身分制度や重い年貢に苦しむ農民の姿が強調され、明治維新によって初めて近代化が始まったと教えられてきた。 しかし、近年では、以下のようにその価値が見直されている。 ①庶民が主役の文化 王侯貴族が文化の中心だった多くの国とは異なり、江戸では庶民が文化の担い手だった。浮世絵、歌舞伎、俳諧といった多様な文化が町人の中から花開いていた。 ②柔軟な社会構造 「士農工商」という身分制度はあったが、決して固定的なものではない。例えば、4代将軍・家綱の生母は、一介の町娘であったと伝えられている。実力や才覚、時には運によって、人が身分を越えて活躍できる余地があった。 ③世界最先端の経済システム 経済面でも革新的な取り組みが見られた。大坂の堂島米会所では、世界で最初の本格的な先物取引が行われていた。また、時代によって大胆な金融緩和や引き締め政策が試みられるなど、農耕経済であった一方、一部では極めて高度な経済システムが機能していた。 (「鎖国」が育んだ独自の感性) もちろん、江戸時代に階級制度の軋轢や、時に為政者の腐敗による百姓一揆などが存在したことも事実。しかし、社会全体を見れば、それは人々がたくましく、ユーモアと創造性をもって困難を乗り越えてきた時代でもあった。  厳しい生活の中でもそれを笑いに変え、芸術へと昇華させるエネルギーが、町人文化を...

2050年の日経相場

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 (指数上昇の条件:主役銘柄の交代は起こるか) 日経平均株価が大きく飛躍するには、相場を牽引する主役銘柄が時代と共に移り変わる必要がある。1949年から1989年にかけての長期上昇相場では、繊維・食品から建設、重工業、自動車、エレクトロニクスへと主役が交代しながら、指数は堅調に上昇した。1989年のバブル期には、NTTに代表される景気敏感株が相場を牽引し、その後は日本の大企業を象徴する優良銘柄の上昇、最終的にはテーマ性を失った低位株まで物色され、材料出尽くしの形で相場のピークを迎えた。ある専門家は「このバブル相場は2000年頃迄の材料を消化し尽くした。」となぞらえた。 しかし、2010年以降の相場は様相が異なった。米国では GAFAM、日本ではファーストリテイリングや東京エレクトロンといった一部の巨大企業が突出して上昇し、その恩恵が市場全体に広がりにくい「勝者総取り」の構図が続いている。これらのビックテック企業が市場の成長テーマを独占し、かつ圧倒的な経営力を持っているため、かつてのような主役交代劇が起こりにくくなっている。  指数が現状からさらに倍増するためには、新たなスター銘柄の登場が不可欠である。現在の主役銘柄だけで日経平均が8万円、ダウ平均が8万ドルといった高みに到達できるない。これは、今後の市場を占う上で極めて重要な問いである。 (2050年に向けた3つのシナリオ) 今後、日本経済が緩やかなインフレ基調を辿ることを前提とすれば、株価には上昇圧力がかかる。ここでは、2050年の日経平均株価について、3つのシナリオを想定してみた。 シナリオⅠ:10万円(穏やかなインフレ) インフレは緩やかに進行し、物価は現在の2倍程度に留まる。為替は現状の延長線上で安定し、政治も自民党主導の体制が継続。日銀は市場の混乱時に適切な金融緩和を実施し、経済の安定を支える。個別銘柄では、米国の長期政策の波に乗った企業が暴騰する。 シナリオⅡ:14万円(インフレの加速) インフレが加速し、物価は現在の3倍以上に高騰する。牛丼が1杯1,000円を超えるようになる。国民の生活は二極化。社会的な不満の高まり、保守政権とリベラル政権が交互に入れ替わる様相を呈するシナリオ。 シナリオⅢ:18万円(ハイパーインフレと格差の極大化) 日本社会の構造が根本から変容するシナリオ。急激な株価上昇によ...

インフレ常態化が導く生活への影響

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 (金融市場の活況が富裕層をより豊かにさせる) 日米欧の家計金融資産(日銀25年8月末資料)の家計の金融資産構成では、 日本:「株式等」12.2%、「投資信託」は6.0%。 米国:「株式等」41.5%、「投資信託」13.1% 欧州:「株式等」25.3%、「投資信託」10.9% と、金融資産の割合は米国>欧州>>日本の順となっている。株式等の保有は上位10%程度の富裕層に集中している事が一般的であり、株式市場の活況に対する国への恩恵も、米国>欧州>>日本となる。そして投資好きな中国系や韓国系なども加えると、ここ10年の株高における資産効果という点で、日本は相当な遅れを取った事が示唆される。 (富裕層が誘導するインフレ下の消費社会)  世界中で深刻な物価高と不況を煽るニュース記事が溢れる中で、世界の金融市場は衰えをしらない。そういった中、日経の記事に「上位1割が支える米消費、高関税でも減速せず 8月小売売上高0.6%増 (https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN16B4C0W5A910C2000000/)」という記事があった。  その記事には、「5月に価格を10%引き上げたが、4〜6月期は12%の販売増になった。ボリュームゾーンより高額品のほうが売れ行きが良い(エルメス幹部)」、クレジットカードなどの決済データでも、高所得層の支出額は順調に伸びている一方、低所得層の伸びは弱含み。この原因として、高所得層は株高による金融資産増加で家計に余裕が出る一方、低所得層や若年層は労働環境の悪化の直撃を受けている。これは、日本だけでなく、世界中で起きていることだが、二極化された社会での個人消費の動向は国民全体で諮るのではなく、富裕層の動向で決まり、その資金は株価市場などの金融相場からの含み益に依存している。つまり、ニュースで論争している世界とマーケットの世界は別次元になっているのだ。 (日本におけるインフレ経済の影響) こうした背景を踏まえ、2050年までにインフレ基調が堅調に推移した場合の物価動向を、以下の表にまとめた。  その他、パン屋(ベーカリー)のフランスパンは350円、クロワッサンは280円  スーパーでは、食パンが1斤480円、納豆が3パックで280円、牛丼はテイクアウトで980円。外食はランチでも1,800円以上が当たり前に...

遺伝子の生存戦略と、マネー資本主義社会の渡り術

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 (人の多様性と生存本能) 人は社会という仕組みに猫やペットのように「飼われている」存在だ。だからこそ、社会に対して愛想よく振る舞うことは、ある意味で自然な行動だ。道徳は社会生活を円滑にするためのルールだが、人間はそれ以前に「遺伝子による生存本能」に支配されている。 この生存本能は、画一的な行動を避けるよう人間を多様化させる。なぜなら、もし人類が一様な性格や行動様式に染まってしまえば、未知のウイルスや環境の激変といった予期せぬ危機に対応できず、絶滅リスクが高まるからだ。遺伝子はそのリスクを回避するために、人間を意図的に多様化させる。 (社会の常識と遺伝子の戦略)  人は道徳や宗教を通じて行動の指針を学ばされ、それに沿った日常生活を送っている。そして、社会の指針から外れる人々に対し、村八分のようにはじき出すような排他的な行動を起こしてしまう。歴史を振り返れば、宗教戦争に代表されるような考え方の異なる人たちに対しての深刻な対立や残虐性であろう。一方、私たちの生命の設計図である遺伝子は生存戦略の観点から画一的な人間を作り出すような設計はしない。様々なタイプの人を意図的に登場させる。その代表例がサイコパスや ADHD であり、こういった人たちが旧来の価値観や凝り固まった画一性な人たちに対して破壊的な力を行使する。実際、社会的権力者や成功者にはサイコパスやADHDが多い。とはいえ、遺伝子レベルにとってもこれら人々は異端であり、増殖をさせる事はしない。このような人は子孫という点では決して恵まれたものではなく、最悪は、家系図の消滅する事が多い。 (嘘をつけるサイコパスは知能犯) 嘘をつけるサイコパス的な人は、そうでない人よりも社会的に有利な立場を築きやすい。 会社生活を例にとれば、常識人が目を背きたがるような経営陣からの無理難題な要求に対しても上層部に正論を交えながら心地よい発言を終始し、虚飾を交えた報告を繰り返す。当然であるが、本人自身も無理難題を解決できるとは思っていないから、役員の興味が薄れるのを待ち、プロジェクトが上手くいかない理由を巧妙に作り上げ、時には人に転嫁して逃げ切ってしまう。まさに、自分の都合の良い「劇場」を作り上げる能力に長けている。  特に大企業のような矛盾を多く抱える環境では、業務遂行能力そのものよりも、いかにトラブルを回避し、円滑な人間関係を維持...