個別株投資こそ人生の至極の時間
資産運用としての一般論的な株式投資には、いささか疑問を抱かざるを得ない。マネー雑誌では、株式投資のリスクを意図的に無視するかのように、まるで社債や預金のような貯蓄商品として扱っているように見受けられる。そこでは、市場が右肩上がりに推移することを前提とし、定期預金のような資産増を見込んで投資計画が立てられている。しかし、株式投資において年利10%を目標に運用するといっても、市場はまるで獰猛な生き物のように、投資家のそういった期待を裏切り続ける。皮肉な事に、投資家がそうした裏切りに根を上げたころに、ようやく株価は投資家の思うような動きに変転するものだ。株式投資は定期預金とは似て非なるもので、株価が将来どのような動きをするかなど誰にも予測できない。2倍になるかもしれないが、半分になるかもしれない。このような不確実性の高い投資を、国が推奨しているという皮肉さが、現実の世界には横たわっている。 (「将来期待」という株価上昇の根源) 株価は企業の事業成績で決まるものだが、実際の動きは、その銘柄の将来への期待感に大きく左右される。同じ決算であっても、将来期待が高い企業の株は大きく上昇するが、期待がないと横ばいか下落傾向に推移する。 この将来期待の対象は、主に以下の二つに分けられる。 ・将来性のある産業のスタートアップ企業 ・成熟はしているものの、確実に売上と利益を伸ばしている企業 こういった分析は、投資家にとっては、「言うのは易し行うのは難し」である。素人がこれらの将来期待がある銘柄を見つけても、その多くは既に玄人投資家がずっと前から買い込み、成長期待を超えた価格が形成されているのが常だ。つまり、将来期待と投資タイミングは別物で、これらの銘柄を単純に購入しても必ずしも儲かるということにはならない。 (情報弱者としての一般投資家) 投資家が肝に銘じなくてはいけないのは、どの企業も、長期にわたってバラ色の経営を続けることは不可能であるということだ。企業は常に何らかの深刻な問題と戦っているのである。また、株価というのは、理論上の値で収まることは稀で、大抵は高すぎるか、安すぎるかのどちらかにブレてしまう。このため、投資家はファンダメンタルやエコノミスト評価などをもとに、どれほど綿密な分析をしても、ちょっとした決算の変動で株価が3割から4割下落し、あっさりと含み損を抱えてしま...