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2050年の日経相場

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 (指数上昇の条件:主役銘柄の交代は起こるか) 日経平均株価のような株価指数が大きく飛躍するには、相場を牽引する主役銘柄が時代と共に移り変わる必要がある。1989年のバブル期には、NTTに代表される景気敏感株が相場を牽引し、その後は日本の大企業を象徴する優良銘柄が上昇、最終的にはテーマ性を失った低位株まで物色される形で相場のピークを迎えた。1949年から1989年にかけての長期上昇相場でも、繊維・食品から建設、重工業、自動車、エレクトロニクスへと主役が交代しながら、指数は堅調に推移した。 しかし、2010年以降の相場は様相が異なります。米国ではGAFAM、日本ではファーストリテイリングや東京エレクトロンといった一部の巨大企業が突出して上昇し、その恩恵が市場全体に広がりにくい「勝者総取り」の構図が続いている。これらの巨大テック企業が市場の成長テーマを独占し、圧倒的な経営力を持つため、かつてのような主役交代劇が起こりにくくなっている。 指数が現状からさらに倍増するためには、新たなスター銘柄の登場が不可欠である。現在の主役銘柄だけで日経平均が8万円、ダウ平均が8万ドルといった高みに到達できるか。これは、今後の市場を占う上で極めて重要な問いである。 (2050年に向けた3つのシナリオ) 今後、日本経済が緩やかなインフレ基調を辿ることを前提とすれば、株価には上昇圧力がかかる。ここでは、2050年の日経平均株価について、3つのシナリオを想定してみた。 シナリオⅠ:10万円(穏やかなインフレ) インフレは緩やかに進行し、物価は現在の2倍程度に留まる。為替は現状の延長線上で安定し、政治も自民党主導の体制が継続。日銀は市場の混乱時に適切な金融緩和を実施し、経済の安定を支える。 シナリオⅡ:14万円(インフレの加速) インフレが加速し、物価は現在の3倍以上に高騰する。牛丼が1杯1,000円を超えるようになる。国民の生活は二極化。社会的な不満が高まり、保守政権とリベラル政権が交互に入れ替わる様相を呈するシナリオ。 シナリオⅢ:18万円(ハイパーインフレと格差の極大化) 日本社会の構造が根本から変容するシナリオ。急激な株価上昇によって「億り人」が多数生まれる一方で、労働収入だけでは追いつけないほどの深刻な格差が生まれる。この状況下では格差税を訴える差は政権が台頭し、国民の圧倒的な支...

インフレ常態化が導く生活への影響

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 (金融市場の活況が富裕層をより豊かにさせる)  日米欧の家計金融資産(日銀25年8月末資料)の家計の金融資産構成では、 日本:「株式等」12.2%、「投資信託」は6.0%。 米国:「株式等」41.5%、「投資信託」13.1% 欧州:「株式等」25.3%、「投資信託」10.9% と、金融資産の割合は米国>欧州>>日本の順となっている。株式等の保有は上位10%程度の富裕層に集中している事が一般的であり、株式市場の活況に対する国への恩恵も、米国>欧州>>日本となる。さらにいえば、投資が好きな中国系や韓国系なども加えると、ここ10年の株高における資産効果という点で、日本は相当な遅れを取ったと言える。特に合計で5割を超える米国は富裕層がどれだけ資産を膨らましたかがわかる。また、日本にインバウンドで来日する富裕外国人の多くが、金融市場の恩恵を被った層と推測できる。 (富裕層が誘導する消費社会)  世界中で深刻な物価高と不況を煽るニュース記事が溢れる中で、世界の金融市場は衰えをしらない。そういった中、日経の記事に「上位1割が支える米消費、高関税でも減速せず 8月小売売上高0.6%増 (https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN16B4C0W5A910C2000000/)」という記事があった。  その記事には、「5月に価格を10%引き上げたが、4〜6月期は12%の販売増になった。ボリュームゾーンより高額品のほうが売れ行きが良い(エルメス幹部)」、クレジットカードなどの決済データでも、高所得層の支出額は順調に伸びている一方、低所得層の伸びは弱含みる。この原因として、高所得層は株高による金融資産増加で家計に余裕が出る一方、低所得層や若年層は労働環境の悪化の直撃を受けている。「特に転職をしても以前ほど賃金が上昇しなくなったことも一因」であった。これは、日本だけでなく、世界中で起きていることだが、二極化された社会での個人消費の動向は国民全体で諮るのではなく、富裕層の動向で決まり、その資金は株価市場などの金融相場からの含み益に依存する。実際、消費支出の半分は所得上位10%が占めている。つまり、ニュースで論争している世界とマーケットの世界は別次元になっている。 (日本におけるインフレの未来像)  日本は、完全にインフレ基調に入ったと言える。これは紛...

遺伝子の生存戦略と、マネー資本主義社会の渡り術

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 (人の多様性と生存本能) 人は社会という仕組みに猫やペットのように「飼われている」存在だ。だからこそ、社会に対して愛想よく振る舞うことは、ある意味で自然な行動だ。道徳は社会生活を円滑にするためのルールだが、人間はそれ以前に「遺伝子による生存本能」に支配されている。 この生存本能は、画一的な行動を避けるよう人間を多様化させる。なぜなら、もし人類が一様な性格や行動様式に染まってしまえば、未知のウイルスや環境の激変といった予期せぬ危機に対応できず、絶滅リスクが高まるからだ。遺伝子はそのリスクを回避するために、人間を意図的に多様化させる。 (社会の常識と遺伝子の戦略)  人は道徳や宗教を通じて行動の指針を学ばされ、それに沿って日常生活を送っている。そして、社会の指針から外れる人々に対し、村八分のようにはじき出すような排他的な行動を起こしてしまう。歴史を振り返れば、宗教戦争に代表されるような考え方の異なる人たちに対すしての深刻な対立や残虐性であろう。一方、私たちの生命の設計図である遺伝子は生存戦略の観点から画一的な人間を作り出すような設計はしない。様々なタイプの人を意図的に登場させる。その代表例がサイコパスや ADHD であり、こういった人たちが旧来の価値観や凝り固まった画一性な人たちに対して破壊的な力を行使する。実際、社会的権力者や成功者にはサイコパスやADHDが多い。とはいえ、遺伝子レベルにとってもこれら人々は異端であり、増殖をさせる事はしない。このような人は子孫という点では決して恵まれたものではなく、最悪は、家系図の消滅すら起こりかねない。 (嘘をつけるサイコパスは知能犯) 嘘をつけるサイコパス的な人は、そうでない人よりも社会的に有利な立場を築きやすい。 会社生活を例にとれば、常識人が目を背きたがるような経営陣からの無理難題な要求に対しても上層部に正論を交えながら心地よい発言を終始し、虚飾を交えた報告を繰り返す。当然であるが、本人自身も無理難題を解決できるとは思っていないから、役員の興味が薄れるのを待ち、プロジェクトが上手くいかない理由を巧妙に作り上げ、時には人に転嫁して逃げ切ってしまう。まさに、自分の都合の良い「劇場」を作り上げる能力に長けている。  特に大企業のような矛盾を多く抱える環境では、業務遂行能力そのものよりも、いかにトラブルを回避し、円滑な人間関...

ロボット技術が製造業における先進国回帰を誘発

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 (労働の法的規制) 人権に関する取り組みの一環として、労働環境の法的整備は重要な課題の一つである。特に工場や建設現場などにおける労働条件や安全衛生の基準は、国際労働機関(ILO)や世界保健機関(WHO)によって国際的な指針が定められている。日本においては、労働基準法や労働安全衛生法などの法律により、土木工事、建築、化学工場などの現業に従事する労働者の作業環境が保護されている。危険物を取り扱う業務に従事する場合には、定期的な健康診断の実施が義務付けられており、労働者の健康と安全を守る体制が整えられている。  一方で、こうした安全対策や法令遵守を徹底することは、製造コストの上昇につながる場合がある。企業にとっては、コスト競争力の維持が重要な課題であり、その結果として、製造拠点を規制の厳しい先進国から、労働関連の規制が比較的緩やかな新興国へ移転する動きが見られる。 (「世界の工場」の推移) イギリスで起きた産業革命は、「世界の工場」という概念の始まりであった。これにより、それまで手作業で行われていた生産が機械化され、大量生産が可能となる。蒸気機関の発明と普及により輸送技術も飛躍的に発展し、一定の品質を保ちながらも安価な製品を大量に供給できる体制が整った。 時が経つにつれて、周辺国であるドイツなどが化学産業で優位性を発揮するなど、イギリスは次第にその地位を低下させた。こうした中で、アメリカ合衆国が新たな工業大国として台頭する。アメリカは、移民による豊富で安価な労働力、広大な消費市場、石炭・鉄鉱石・石油・木材といった豊富な天然資源を背景に、急速に工業化を進めた。特にフォードによる自動車の大量生産方式は、標準化・機械化・分業体制を確立し、20世紀にはアメリカがイギリスに代わって世界の覇権を握るとともに、「世界の工場」としての地位を確立した。 アメリカは経済的に豊かになるにつれて労働賃金は上昇し、1960年代ころからコスト競争力が低下する一方で、第二次世界大戦で敗戦したドイツや日本が急速に発展し、米国に食い込むようになる。特に日本は高度経済成長期に入り、「欧米に追いつけ、追い越せ」のスローガンのもと、繊維などのローテク産業からスタートし、1980年代にはハイテク分野においてもアメリカを凌駕し、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と称されるようになった。 日本も米国と同様、経...

2050年夏の情景

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 地球温暖化については、今後、世界中で深刻な問題になるのは間違いない。ここでは環境の視点ではなく、投資家視点で2050年の夏を想像してみた。 (一般家庭) 2050年の東京。気温は連日45度を超え、空は青いというより、白く焼けた鉄板のように光を反射していた。そして、朝というのに35度を超えている。 「おじいちゃんん、外に出ちゃだめだよ。今日は“レベル5熱波警報”が出てるんだから」 自宅で一緒に住んでいるネコ型ロボットは、祖父の手を引いて室内に戻した。祖父は健康管理のために朝のランニングを欠かせなかったが、今の夏は命に関わる。政府は数年前から「夏季外出制限令」を導入し、特定の時間帯には高齢者や子どもの外出に注意を促していた。 家の中は、最新の温度制御システムが稼働し、部屋の温度を28度に保っている。だが、電力需要は限界に近く、テレビでは政府の節電のコマーシャルが流れていた。 国会中継では、電力供給量増加に向けた原子力発電所設置に関する討議と、夜間勤務の努力義務について与野党で論戦を繰り広げていた。しかし、野党は子どもたちが昼間に活動するため家族との時間が失われることを危惧し、原子力発電所は地震の多い日本での安易な原子力発電所の建設は第二の福島の可能性を危惧して反対をしていた。 おじいちゃんは、テレビを見ながらネコ型ロボットとたわいない会話をしていた。 (ビジネス街) 午前9時、新橋の気温は41℃。政府主導で普及した潜熱蓄熱材を埋め込んだビル壁やアスファルトが、街全体を巨大な蓄熱・放熱装置に変え、かろうじて灼熱地獄への転落を食い止めていた。上空では巨大なドローンがミストを散布し、気化熱で必死に街を冷やしている。 通勤するビジネスマンは、クールスーツを着て会社に出勤することが常態化した。スーツは外気を検知し、製造で謳っている外温になると自動で冷却ジェルを循環させる仕組みである。もっとも、多くの人が外出する際、冷却衣類を身にまとって、顔には熱遮断マスクを装着し、外に出ることが常態化するようになった。               gemini描画 (オフィス) オフィスに入り、冷却スーツを脱いでワイシャツ姿になる。役員向けの報告書はAIが草案を作り、人間は添削するだけ。営業はメタバース空間のアバターを通じて行われ、コールセンターや商品説明といった顧客対応も、AIやヒュ...

多様化へ向かう世界(東西覇権の交代 その3)

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 1. 多様化する世界 第二次世界大戦後の世界は、共産主義を掲げるソ連と資本主義陣営の米国による、イデオロギーを背景とした冷戦構造下にありました。ソ連崩壊後、同じく共産党が統治する中国が市場経済を導入して急成長を遂げ、世界第二位の経済大国に躍り出ました。しかし、その国家運営のあり方は欧米の価値観と相容れず、覇権国家である米国との対立が生じるようになったが、長期的には単略的な視点にすぎない。中国以外では、インドが世界第5位のGDPに上り詰めるなど、発展途上国の国際的地位が西欧諸国を猛追している。そういった点では世界はより多様化に向かっているというのが正しいのであろう。 2. 中国の躍進 中国の急成長は、鄧小平による改革開放政策に端を発します。政治体制は共産党一党独裁を維持しつつも、ソ連型の軍事・イデオロギー偏重から脱却。経済面では市場原理を大胆に導入し、実利を優先する国家戦略へと大きく舵を切りました。その結果、安価で豊富な労働力を武器に「世界の工場」としての地位を確立し、これをテコに、世界各国との間に経済的な相互依存関係を築き上げることに成功したのです。 事実、米国をはじめとする西側諸国は、自国企業のコスト最適化を目的として、中国へ積極的に製造技術やノウハウを移転し続けました。この点は、西側諸国よりも中国の方が、より長期的な視座で国家戦略を練っていることを示唆しています。 ただし、中国が経済大国として自信を深めるにつれ、その覇権主義的な姿勢を隠さなくなった点は大きな懸念材料です。特に、香港返還を巡る英国への一方的な対応は、もはや米国以外に中国と対等に渡り合える国が存在しないことを世界に印象付けました。とはいえ、米中両国は経済・貿易面で深く相互依存しており、単純な対立構造では語れない複雑な関係にあります。 3. 米国の優位性と戦略的分散 一方、米国には世界最大の消費市場という揺るぎない強みがあり、中国を含む各国の経済発展は米国の需要に大きく依存しています。この経済的な優位性を背景に、米国は製造拠点の一極集中リスクを避けるため、中国からのサプライチェーン分散(デリスキング)を急いでいます。その移転先として、インド、ベトナム、バングラデシュといったアジア諸国、さらにはアフリカ諸国が注目されています。 しかし、新たな製造拠点となる国々が、必ずしも米国の意向に沿うとは限...

世代間逆転が困難な時代

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 1.誰もが豊かになれた 高度経済成長期 高度経済成長期は、多くの日本人にとってまさに「夢のような時代」でした。安定した会社で真面目に働いていれば毎年給与は上がり、年齢を重ねるにつれて暮らしが豊かになる社会が設計されていたのです。持ち家も、列島改造論に象徴される全国的な土地開発により価値が上昇し、多くの家庭が相応の資産を築くことができました。老後の生活も、国の年金に加えて手厚い企業年金が支えとなっていました。サラリーマンとして勤勉に働きさえすれば、いわゆる「小金持ち」程度の財産を蓄え、生涯にわたり安定した生活を送ることができたのです。それは、日本の「中流家庭」を象徴する時代でした。 もちろん、誰もがこうした順風満帆な終身雇用を享受できたわけではありません。国民の大半は、福利厚生が十分でない自営業や中小企業で働く人々でした。しかし、この時代の凄さは、全国で進む都市開発や住宅建設によって、社会の隅々にまで仕事が潤沢にあり、全体の給与水準が高かった点にあります。どのような仕事に就いていても、人々が未来に夢を持つことができた時代です。 2.成長の終焉と金融資本主義への移行 しかし、バブル崩壊を機に、この夢の方程式は崩れ去ります。全国の土地開発は一巡し、バブル期には採算を度外視したリゾート開発にまで手を広げました。生活水準も多くの産業分野で先進国と肩を並べ、一時は西欧諸国を追い越すまでになります。こうして高度成長期は終わりを告げ、日本は成熟期に入り、右肩上がりの社会に終止符が打たれたのです。 この頃から、給与や福利厚生は頭打ちとなり、不動産は購入価格よりも資産価値が下がる時代へと突入しました。年金制度への不安も年々高まっています。時代が成熟社会へ移行するにつれて、高度成長期を懐かしむ論調が増えましたが、こうした変化は日本だけが経験したものではなく、西欧の先進国も同様の道を辿りました。そして、世界経済は金融を主体とする「金融資本主義」へと大きく舵を切ります。金融市場を活性化させ、そこで生まれた余剰資金を実体経済に波及させることで、世界経済は新たな成長を遂げすが、その恩恵を受ける者とそうでない者との間に、深刻な格差を拡げ始めます。 3.「労働」の価値の限界 かつて富を築くには、事業を興して多くの従業員を雇い、その労働力をテコにして事業を拡大するのが一つの王道でした。しかし...

見えざる富裕層「棚からぼた餅長者」の実態

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 (世の中には正体不明の富裕層は数多くいる)  世の中には、にわかには信じがたい現象が溢れています。都心では、ごく普通のサラリーマンには手の届かない数億円のマンションが瞬く間に完売し、高額な入居金が必要な高級老人ホームも満室だといいます。一体、どのような人々がこうした高額な商品やサービスを手にしているのでしょうか?  書店に並ぶ富裕層に関する本を読んでも、現実の街中で起きている現象との間には、大きな隔たりがあるように感じられます。そこで見えてくるのが、一般的なイメージとは異なる、「棚からぼた餅富裕層」とも呼べる人々の存在です。 (「棚からぼた餅富裕層」とは?) 彼らは、人生のあらゆる局面で勝利を収めてきたようなエリートではありません。自らの才覚や努力で富裕層になったというよりは、時代の追い風を受け、まるで宝くじに当たったかのような幸運に恵まれた人々です。具体的には、主に2つのパターンが考えられます。 パターン1:幸運な「従業員長者」 自分が勤めている会社の株価が、時代の波に乗って予期せず高騰し、その恩恵を従業員として享受できた人々です。 ケース①:優良中小企業での出世 いわゆる有名大学出身ではなかったため大企業には進めなかったものの、経営が堅実な中小企業に入社。そこで実直に働き、経営の中枢にまで上り詰めてストックオプションで巨額の富を得た。 ケース②:IPO(新規株式公開)の恩恵 アルバイトの延長のような形で、勢いのあるベンチャー企業に入社。その後、会社がIPOを果たし、社員として大きな利益を手にした。 ケース③:アベノミクスと従業員持株会 大企業に勤め、アベノミクスによる株価上昇の波に乗って自社株の価値が5倍、10倍に。従業員持株会を通じて保有していた資産が、予期せず大きく膨れ上がった。  このように、ここ十数年で自社株によって資産を大きく増やした人は決して少なくありません。ただ、彼らは積極的に株式投資などの資産運用を行ったわけではなく、真面目に会社に勤めていただけで、給与以外の莫大な報酬を手にしやに過ぎません。  その一方で、誰もが羨むような日本の伝統的な大企業(いわゆるJTC)に入社しても、株価の上昇は限定的で、従業員持株会だけで資産を大きく増やすことは難しいのが現実です。 パターン2:時代が味方した「不動産長者」 世の中には、普段その姿が見えにくい不...

金融政策決定会合「金利据え置き」の継続について(私見)

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 (据え置き理由) 日銀が7月31日の金融政策決定会合で4回連続の「金利据え置き」を決定した。据え置き理由としては、 「ことしの後半にはある程度のマイナスの影響が発生することを見込んでおり、米国の関税政策が日本に及ぼす影響を見極めたい。」  という事であるが、この回答はまさにリベラル色の強い発言である。米国では、FRB議長も同じ回答をしているが、実態経済は残念ながらその予想を裏切り続けているが、FRB議長は年後半に影響が見込まれることを予想し、金利引き下げを躊躇している。 (植田総裁のインフレ経済の見解)   「日銀は利上げをして物価高対策をしてないのか」と植田総裁に問いたところ、「現在の物価高の供給サイドの要因が大きい。このような状況で利上げをすると企業業績に影響し、社員の所得が減るから消費が減って、食料品などの価格も下がる。需要サイドからの物価高なら金利引上げで対応できるのだが」と述べている。  しかし、今の物価は、供給サイドだけの要因ではなく、株高や不動産高、そして好調企業の賃金上昇の恩恵を受けた高収入サラリーマン、さらにインバウンドの外国人が価格の決定権を持っているのが私の私見である。アベノミクス以前、強いて言えば2020年までは、こういった恩恵を受けた層が少なかったことから、デフレマインドの強い一般消費者が価格決定権を握っていて、企業側も安易に値上げができなかった。  企業が強気になって値上げしているのは、値上げしても業績に影響はないと見込んでいるからであろう。つまり、消費者層が二極分化しているが、日銀はその相違について議論しているのだろうか? (過去記事) 政府が推進するインフレ・賃金上昇の脆弱性 https://investment-v3.blogspot.com/2024/04/blog-post_22.html GEMINIより 3.国民の声が届いていない  今回の参院選挙。自民党が大敗した大きな要因に間違いなく物価高による国民の怒りがある。 政府や日銀がこれ以上の物価高を容認したら、国民は自民党への怒りを通り越して。政界再編を促すであろう。参政党の躍進は、日本人が極右化したからではなく、物価高による生活水準の低下、そしてインバウンド消費に見る日本の国力低下と貧困化の直視、円価値の低下で日本人が気楽に海外に行けなくなった。多様性を重視しすぎ...

人生100年時代に向けた健康への気配り

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 (ライフステージの「横ずれ」) 人類の寿命は、医療技術や生活環境の進化によりかつてないほど延びている。時代を遡れば、明治時代の平均寿命は約50歳。昭和の高度成長期には50歳は「老いの入り口」程度になり、令和の現代では50歳はまだ現役世代扱いである。今では高齢になっても仕事を続ける人や80歳代のフルマラソンを完走するなどアスリートやボディビルダーが登場してきた。音楽界でも、80歳を超えて現役でロックを演奏するシンガーが現れ、投資家ウォーレン・バフェット氏は95歳でも現役を堅持している、パートナーのチャーリー・マンガー氏も99歳まで活躍した。このように、ライフステージの「横ずれ」が起きており、私たちは寿命とそのライフステージにおいて未踏の領域に突入している。 (超長寿社会の到来)  人口問題研究所調べでは、日本の100歳以上の人口は、2020年:約8万人⇒2030年:約17万人⇒2040年:約32万人⇒2050年:約53万人と推定されている。ちなみに2050年の日本の人口は1億人強と推定されており、200人に1人は100歳以上という計算になる。 その多くは女性である可能性が高いとされている。これまでは、「100歳=ただ生きているだけ」という人が殆どだったが、100歳以上でも様々な分野で現役を貫く人たちが間違いなく続出するのは間違いない。吉永小百合は80歳とは到底見えない若々しさを保っている。2050年には100歳にも関わらず40歳~50歳にしか見えない外見の若さを保った女優が現れるのも絵空事ではない。さらに、医療技術や栄養学、予防医学の進歩によって、140〜150歳まで生きる人が登場する可能性も否定できず、様々な事に対する年齢(リタイア)の限界が再定義されつつある。 (職業と寿命の関係) とはいえ、実際には長寿を享受する人とそうでない人との格差も増々拡がっていきそうだ。その要因の一つは「健康意識」であり、職業の選び方も寿命に大きな影響を与える重要な要素になる。高齢になるにつれ体に悪い仕事内容を挙げてみると、①裁量権がない仕事②夜勤や昼夜シフト制の勤務③過重労働や重度な調整業務によるストレスを溜めやすい仕事④暴飲暴食、外食中心の健康を考えない食生活etcなどが挙げられる。実際、裁量の大きいオーナー経営者などはストレス管理がしやすく、長寿傾向が見られる。一方、IT...

二重価格が映し出す日本経済の歪み

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1. ニセコが映す「二重価格」の実態 インバウンド需要の急増を背景に、日本各地で「二重価格」とも呼べる現象が常態化しつつある。これは、一部の富裕層や訪日客が牽引する局地的な物価高と、長年のデフレに慣れた国内市場との間に生じた、深刻な歪みを浮き彫りにしている。 その象徴が、国際的リゾート地、北海道・ニセコである。天ぷら蕎麦が3,500円、ディナーコースが数万円という価格設定は、もはや日常の光景だ。地元スーパーでは高級食材が並び、高額な消費も珍しくない。地価も高騰を続け、数億円規模の不動産が流通する。この現象は、2010年以降の世界的な金融緩和で膨張した資金がインバウンド需要として日本に流れ込んだ結果であるが、その本質は、実質的な円安によって日本の購買力が相対的に低下したことに起因する、特殊な価格構造と言える。 2. 全国へ広がる二重価格の波 この動きはニセコに限らない。姫路城や富士山をはじめ、全国の観光地で訪日客を意識した料金設定の導入が進んでいる。これは、30年近くに及ぶデフレで停滞した国内価格と、バブル崩壊以降もインフレが継続した場合の「あるべき価格」との乖離に過ぎない。いわば、日本の物価は長い間、時間が止まってしまった。この乖離の是正が、「二重価格」として表面化している。 3. 企業行動の変化と一般消費への波及 当初、この特殊なインフレの影響は観光地や富裕層消費に限定されていた。しかし、企業はこの流れを価格転嫁の好機と捉え、2021年以降、コスト増を理由に広範な商品・サービスの値上げに踏み切った。これは、利益を削ってでも価格を維持せざるを得なかったデフレ時代の経営から脱却し、企業が適正な利潤を確保する「正常な経済活動」への回帰とも言える。 結果として、多くの国民が物価高に苦しむ一方、企業はインバウンドと富裕層の旺盛な消費を収益源とすることで業績を確保する、という二極化した構造が定着しつつある。この企業収益の安定が、現在の株式市場を下支えしている。 4. インフレが加速させる格差社会 現在のインフレは、一過性の現象ではなく構造的なトレンドとなる可能性が高い。その中で、価格転嫁や新たな需要を取り込める企業と、そうでない企業との業績格差は拡大するだろう。それは個人の所得にも直結し、高額な報酬を得る層と、賃金上昇が物価高に追いつかない層との分断を深刻化させる。 政府は課...

投資における複雑系「エントロピー増大の法則」

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〇宇宙の根源的法則:エントロピー増大の法則とは エントロピー増大の法則は、宇宙を司る最も基本的な定理の一つです。これは「孤立した系(外部からの影響を受けないシステム)では、時間の経過とともに無秩序さが増していく」というもの。簡単に言えば、何もしなければ、物事は自然に乱れていき、秩序は失われるということ。私たちの日常生活、社会の動き、そして生命活動のすべてにおいて、この普遍的な法則が根底にあります。 〇企業経営におけるエントロピー増大:成長の罠と「恐竜化」 このエントロピー増大の法則は、企業経営にも明確に当てはまります。企業は成長期を過ぎて安定期に入ると、組織内に無秩序の種が芽生え始め、やがて衰退の兆しを見せます。 このような過程で、企業はさらなる成長軌道を維持しようと、次々と新たな事業に手を広げ、**コングロマリット化(“恐竜化”)していきます。当初は事業間の補完が機能するものの、ある臨界点を超えると逆回転を始め、崩壊への道を辿ることになります。そして、巨大になりすぎたがゆえに時代の変化に追いつけなくなり、かつての成功体験が足かせとなって、組織全体に「制度疲労」**を引き起こします。これにより、最終的には長期的な低迷、あるいは崩壊へと至るのです。 geminiで描画 〇「時代と寝るな」:常に脱皮し続けることの重要性 その時代に輝く人物や企業は、確かに魅力的に映るものです。しかし、たった10年も経てば、かつての栄光が跡形もなく消え去ることは珍しくありません。この現象が示唆するのは、「時代と寝てはいけない」ということ。つまり、継続的に脚光を浴び続けるためには、常に自らを“脱皮”させ、次なる方向へと変化し続けなければなりません。変化を拒み、現状に安住してしまえば、待っているのは「崖からの転落」だけです。「安定」を求める行為こそ、実は自滅への道と言えるでしょう。すべての物事は、時間とともに変化し続ける運命にあるのです。 この考え方は、現代の企業経営にも強く当てはまります。例えば、今注目されている「マグニフィセント・セブン(Magnificent Seven)」と呼ばれる米国の巨大テクノロジー企業群は、次なる成長分野を積極的に切り開くことで、新たな脱皮を図ろうとしています。彼らは、変化を怠れば時代に淘汰されることを誰よりも理解しており、未来に向けて進化し続けることで、持続的な...

老人ホーム化する日本企業

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少子高齢化の影響は、単なる人口減少にとどまらない。企業に目を向ければ、従業員の高齢化が急速に進んでいることが見て取れる。特に、スーパーなどのサービス業、建設業や測量といった現場職、個人向け商品を扱う営業職などでは、その傾向が顕著だ。一部上場企業の多くで平均年齢が40歳を超え、中には50歳を超える企業も増えている。さらに、2025年4月からは厚生労働省による高年齢者雇用安定法に基づき、65歳までの雇用確保が義務化される。これにより、年金行政への貢献という側面も考慮すれば、企業の従業員高齢化は今後一層加速していくことは避けられないだろう。 企業の従業員構成の変化 かつて一部上場企業のホワイトカラーでは、課長が40代前半、部長が50代前後で、55歳で役職定年となるのが一般的だった。一方、中小企業では詳細な人事制度が整備されておらず、50代後半の管理職も珍しくなかった。 しかし、今後は大企業においても、現場系の部署の役職は従来の年齢より5歳から10歳引き上げられ、50代後半の現場管理職が一般的になるだろう。さらに、65歳を超えてもシニアアドバイザーとして精力的に活躍する人も珍しくなくなるに違いない。 では、本社部門はどうなるのか。欧米企業を見ても明らかなように、グローバル競争を勝ち抜くには知力と体力が不可欠だ。そのため、役員の平均年齢は50代前半、社長は50代後半がターゲットとされる。本社系のスタッフ部門もこれに合わせ配置され、これまで以上に若返りを図り、経営に臨むことが求められるだろう。 老人ホームに変貌する企業 政府は定年を65歳に引き上げた。さらに、政府と厚生労働省は、日本人の平均寿命の延伸を考慮し、定年を70歳まで引き上げることも視野に入れている。年金受給開始も70歳からが標準となるだろう。これは年金財政に苦慮する政府にとって、まさに好都合な話である。 一見理不尽に思えるかもしれないが、会社に居続ける高齢者の多くは、独身者、あるいは世帯持ちでも子供が既に独立しているなど、自宅にいても特にすることがない人々だ。要するに、彼らは時間に余裕があるのだ。そのため、会社にいることが楽しくて仕方がない。まさに、サラリーマンの「老人ホーム化」と言える。それに伴い、在職中に亡くなったり、身体機能が低下したりする人も増えてくる。会社を退職して数年で亡くなるケースも珍しくなくなるだろう...

検体検査分野で優位性を示すシスメックス

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 (ニッチ市場での優位性) シスメックス株式会社は、血液分析装置において世界トップクラスのシェアを誇る医療機器メーカーである。現在、190か国以上で事業を展開しており、海外売上高比率は80%以上に達している。グローバル市場における検体検査分野では、世界シェア第9位の規模を持ち、特に以下の3つのニッチ分野で圧倒的な競争力を発揮している。 ①ヘマトロジー(血球計数)分野 ②血液凝固検査分野 ③尿沈渣検査分野 これらの分野では、世界シェア50%以上を獲得している。 さらに、同社製品の代替には高いスイッチングコストが伴うため、既存顧客が他社製品へ乗り換えることは容易ではなく、加えて、医療分野という高い品質と信頼性が求められる領域であることから、現時点では中国企業などの新規参入による脅威は限定的と見られている。 (ビジネスモデルの強み) 1990年代以降、シスメックスは高収益なビジネスモデルを構築し、検体検査装置の販売を中心に事業を拡大してきた。2000年代に入ると、装置を導入した顧客が継続的に試薬や関連製品を使用するようになり、これらの売上高は装置の売上高を上回るまでに成長した。 さらに、同社は事業を展開する各国・地域に自社拠点を設立し、販売からサポートまでを一貫して提供できる体制を整えた。これにより、顧客のニーズに迅速に対応することが可能となり、検体検査装置のトータルソリューションを提供できる企業としての地位を確立した。こうした直販体制の構築や現地企業との提携を通じて、シスメックスは欧米企業が市場を支配する検体検査分野において、世界規模で展開する稀有なアジア企業となった。  こういった成果もあり、自己資本比率は70%~80%、売上高純利益率は10~16%台を続けている。強固なビジネスモデルを散財せず、強固な財務内容を築いている。 (実質オーナー企業)  シスメックスの家次恒会長は、東亞特殊電機の創業一族と配偶者関係にあることから、義母からの説得もあり、1986年、37歳でシスメックスに入社し、取締役に就任した。この経緯は、HOYA株式会社の鈴木哲夫氏のケースと類似しており、家次氏も同様に企業の成長を牽引する立場となった。1996年に社長に就任して以降、家次氏は海外展開を加速させ、血球計数検査分野で世界トップの地位を築くなど、売上高を約10倍以上に伸ばした。 現在、...

株式投資の不確実性を考える

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  株式市場の不確実性の本質を語る上で、野村克也の人生訓 「勝ちに不思議の勝あり、負けに不思議の負けなし」を噛みしめながら、株式の不確実性を考えたい。 (ビギナーズラックは「勝ちに不思議の勝あり」の代表例)  ビギナーズラックは初心者が受ける幸運ということだが、初心者に絞ると意味が狭くなるので、一般的には「嬉しい誤算」「棚ぼた」「偶然の産物」等にも言い換えができる。つまり、期待していた以上の幸運が得られたという意味になる。人生には、こういった嬉しい誤算で人生が思わぬ方向に好転した人もいる。しかし、ビギナーズラックは、いい意味で使われるのではない。実際、このような運に対して、気持ちを引き締めて物事に打ち込めるのか、それとも自分の実力と勘違いしたり、強運の持ち主だと感じるのかでその後の人生は大きく変わってくる。 (織田信長による運のコントロール)  織田信長は戦国時代を終焉に導き、天下統一の礎を築いた名将である。そのキャリアをスタートするのが「桶狭間の戦い」の奇跡的な勝利で、まさに「勝ちに不思議の勝あり」であった。織田信長の凄いところは、これ以降の戦いにおいて「桶狭間の戦い」の二番煎じはしなかった。織田信長本人の資料は少なく、彼がどういった思想や知的水準で天下取りをしたかは学者によって意見はバラバラになる。しかし、一見破天荒な逸話や豪快な手法を用いている割には、用意周到に勝利の道筋が見えてから相手に攻め込んでいる。美濃(岐阜)の斎藤道三を負かすのに7年近い歳月を費やした。武田信玄の存命時は信玄を怒らすことはしなかった。運任せのような事は最小限に抑えていた。彼は天才であったが、自分の運に胡坐をかいて、「勝ちに不思議の勝あり」を何度も実践しようとはしなかった。 (投資における「勝ちに不思議の勝あり」)  今度は本題である投資の世界に話を移すと、相場の流れや企業のファンダメンタルに造詣のない投資初心者が購入した銘柄が、プロを凌駕する好成績を収めることがある。「勝ちに不思議の勝あり」を得た投資家は、二番煎じのように同じ投資手法で購入し更なる利益を得ようとする。しかし、大抵の場合はそれが裏目にでて相場の洗礼を受けてしまう。なぜこのようなことが起きるのか。相場の流れは常に上下右左と常に変転するからである。例として、①1980年後半の日本の不動産バブル、②2000年のITバブ...

ロボット業界の今後

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 (安価な製造拠点の枯渇)  安価で程よい品質の製品というのは、安い賃金で長時間労働いわば植民地主義的な構造に行き着く。先進国は、高い労働賃金だけでなくワークライフバランスが浸透し長時間労働を前提とした就労も望めない。どうしてもコスト面で割高になるので、安い賃金の国での製造に依存しなくてはいけない。しかし、今の時代は植民地時代と異なり製造を請負った国が繫栄し富を蓄える。実際、中国は製造工場になることで世界第二位の経済大国になった。製造拠点はより安価なベトナムやミャンマー、インド、バングラデッシュなどに移転し始めている。しかし、そういった安価な製造拠点も近い将来には底をつく。 (人手不足社会がロボット産業を誘発)  世界中で少子高齢化が進行している。人の寿命は年を追って長くなり、人口動態における体力のある若年層の比率が低下している。先進国では、製造業が担い手不足に陥り、サービス業や3K職場は、年齢不問で雇用を確保するか、移民に代替してもらっている。しかし、移民は安易に頼りすぎると深刻な民族問題に陥ってしまう。それ以外に、最近の深刻な温暖化により真夏に外で仕事をすることも身体的に厳しい時代が到来している。今後、その代替としてロボット導入が期待されるのは当然の流れだ。 (ロボットの登場スタイル)  ロボットは人間の代替であるが必ずしも人間の形状をしなくてもよい。要は機械が人間の作業を代替する延長でよいのである、特に、工場の無人化構想はこれから一つの革新的なテーマになるのは間違いない。 実際、①工場の作業員を代替するロボットから始まり、 ②危険な作業を代替するロボット、③コンビニ スーパーなどの従業員ロボット ④家庭用ロボットというふうに、それぞれの段階でのノウハウを高めていく事になると推測される。まさにロボット自体が用途別の提供となり、それぞれの分野でそれぞれの強みを発揮するという形態に集約するのであろう。 ロボットは当然高価なものになり、短期的に見れば人件費の方が安くも見えるが、人件費はと年齢に応じて上昇し、福利厚生費など副次的費用もかかる。一定年数勤務したら役職や部下を付ける必要があるなど動機付けなどのインセンティブも必要になる。ロボットは永遠の作業者でいてくれる。そうなると先進国の場合、ロボットの技術革新がすすめばロボット導入でコストメリットが上がる時代も先...

人生100年時代のFIRE(セミリタイア)論

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 この100年での人々の寿命は大きく伸びて、人生100年時代が現実味を帯びてきた。このため、FIRE(セミリタイア)をするにしても、人生100年時代を念頭におく必要があるようだ。 1.実感年齢の著しいシフト 人の寿命は、日を追うごとに伸びている。たとえば、50歳という年齢は、わずか百数十年前の明治時代ならば人生の終盤に差し掛かった老人であり、生ける時間も残り少なかった。しかし、100年以上を経過した現代で、50歳でも見た目は30代という人はざらにいる。60代は年金給付年齢のスライドにより何らかの仕事に就く人が大半となり、最近は70代でも元気に働いている人たちが増えた。ローリングストーンズなどは80歳近くになってもライブツアーで不良極まりない激しいロックを歌い続けている。一般人でも80代になると体力は落ちるが、旅行などのレジャーなどを楽しんでいる人達も増えてきた。人生100年時代と言われる中、自由に体を動かせる年齢、いわば健康年齢の閾値が上がっている。 2.給与年齢と生活年齢の乖離  健康年齢がこれだけシフトすると60歳でも20年から30年近くは様々な事を楽しめる。そうなると、人生を楽しむためにはお金とどのように向き合っていくのかは非常に重要なテーマになる。当然であるが、年をとるにつれ条件の良い仕事は名誉職など以外は殆どない。60歳以降になれば、現役時と比べたら惨めなくらいに半分又はそれ以下の収入しか稼げなくなる。このような状況にも関わらず十分な貯蓄を出来ないまま60才を迎えている人は多い。そうなると、遊びたくてもお金がなく、いくつになっても不足分を補うために条件の良悪に関わらず仕事をしなくてはいけない。それではあまりにも悲しい。 給与年齢と生活年齢の乖離を冷静に見すえた人生設計は非常に大切である。 3.FIREやセミリタイアの適齢期  現役時にFIREやセミリタイアなど考えることは明らかに人生における重大な機会損失である。もし、仕事が合わなく尋常ではないストレスに苛まれるなら、給与などの条件をいく分下げても自分の居心地の良い会社を見つけるまで転職を繰り返し、60歳まで持ちこたえ資産を貯めて、次のフェーズに備えるのも立派な人生設計の一案である。 4. 50代までの蓄財  適切な人生設計という点では、現役時は給与の5割以上は貯蓄に回すことを死守する。この目標は修...

21世紀的幸福論(地方生活、3世帯家族)

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日本では。より収入の高い職業についてより良い生活が叶えられるように、馬車馬のように競争社会で闘い続ける人生を多くの人が強いられている。その結果、医師や総合商社マンのような高収入な職業に就いた者が人生の勝ち組として憧れの的になる。一方、大多数の人たちは、十分な収入が得られず、日々お金と格闘し老後不安を抱える人生を強いられている。しかし、そういった現状の価値基準を少し発想を変えれば、違う世界が表れてくる。例えば、両親のリソースを借りられるならそれを最大限に利用すればお金に対する束縛から逃れられる。都会に未練がないなら地方で豊かに暮らす。21世紀にはそんな発想転換も必要なのである 1 地方過疎化の裏側にある豊かさ  少子高齢化による地方過疎化は、産業衰退や街のゴーストタウン化など深刻な問題を生じさせている。しかし、下記は総務省のデータである。これを見る限り、地方都市の世帯当たりの平均収入はそれほど低くない。信憑性の高い統計から読み取れる事として、過疎化は進んでいるものの、物価面などを考慮すればば都会と地方間での収入格差はそれほど著しいものではない。一部の県においては都心より明らかに裕福であるという実態すら浮かび上がってくる。 これの意味する事は、地方では製造業中心に海外移転が進み市街地が衰退している。とはいえ、地元でそれなりの仕事に就いている人たちの生活水準はそれなりに高いということだ。 2 地方の知られざる現実   これら統計値において特筆すべきは富山県であり、都道府県の世帯当たりの所得ランキングで4位という順位を記録している。日本海側の北陸という過疎地にも関わらず、首都圏と同等の所得を得ているのだ。富山県のホームページには、これら理由として富山県は地元を地盤とする中小製造業が多い事。3世帯同居し、嫁、両親(祖父、祖母)も一緒に働くことで世帯収入を膨らましている。地方は都会に比べて不動産や生活費が安い。それなりの収入が得られれば、高い生活水準を得られることも可能だ。 3 地方での生活を逆手に取る  核家族世帯では、これまでは夫が働いて、妻がパートや専業主婦のスタイルで家計は夫の収入の一本足打法のようなものであった。このため、夫の会社へのしがみ付きは相当なものとなる。都会では、一生かけて購入したマンションも2世帯が住むには狭すぎて、子供はゼロベースで人生を歩むことを延々と...

米国株投資の選定戦略

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前回更新日:2024/05/25 1.米国市場の弱肉強食の非情さ ここ40年間、ダウは右肩上がりを続けている。このため、米国株に投資をすれば無条件に儲かりそうなイメージを持たれやすいが、米国株は日本以上に企業業績と株価が連動している。このため、たとえ米国市場が上昇相場でも、企業業績が振るわなければ非情なまでにその銘柄の株価を奈落その底に突き落とす。このように甘えの許さない米国市場では、長期間に渡って インデックスと連携している銘柄など殆どない。 2.銘柄分析 ①ファンダメンタル分析の無意味さ 株価が上昇しやすい銘柄は未来に輝くような期待値のある企業であり、投資家は無意識に企業における現在および数年後の企業業績を逆算している。こういった期待値は、①企業が販売する商品の将来性 ②増収増益を繰り返すことでの投資家からの安心感 などにより投資家からの高い評価の蓄積から始まる。そういった期待を獲得した銘柄には投資家から多くの資金が流れ込んでくる。たとえ、決算が一時的に振るわなくても株価は下がらない。一方、現状の業績が良くても未来の業績が尻すぼみになると判断される場合は低PERで放置される。このように株価は投資家の期待値という非定量的な信用具合の評価基準で上下に変動し、そのブレ幅は、PERは10倍以下から30倍後半まで約4倍近くに及ぶ。これだけの開きがあれば収益や財務分析などのファンダメンタル分析で株価を予想しても期待通りの結果など得られない。 ②IT業界の超高収益モデルが時価総額を天空にした 2010年中頃から、GAFAM等がIT分野で独占的なシェアを獲得したことで、製造業が到底太刀打ちできない高収益率ビジネスが可能になり、時価総額を天空の領域に導いた。さらに、コカ・コーラやマクドナルドなどの国際優良企業はフランチャイズのような形式を取り入れて、低収益の事業分野を最大限に切り離して高収益を実現している。昨今の時価総額上位銘柄はこういった高収益ビジネスでかつ独占的な地位を築いた企業に集中している。 ③「成長性」が株価上昇の根源  株価は常に現況におけるすべての材料を織り込んでいる。現状のPERや高収益ビジネスだけで上昇軌道を描けるものではない。市場が嫌うのは飽和であり成熟であり、いつでも市場は、企業側にさらなる好材料か更なる成長期待を求めてくる。 こういう要求に応えて成功した例...

遺伝子が人間の未来を支配

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 1.人は常時面白可笑しく、そして楽天的に生活できない  人は、常に不安に駆られることで未来に対する不確実性や周辺から身を守るようにできている。これは人というより生命が地球上で40億年に渡って絶滅しないように培ってきた知恵であり、1万年程度の進化しかない人間の遺伝子にはどうしようもできない本能(機能)でもある。この本能の厄介なところは、科学技術が著しく向上し、安全に生活できるようになった現代人にとって、不安が日常生活におけるリスクテイクと重なり、不必要な事に対して異常なくらい振り回されている。しかし、この機能を取り外したら人間は間違いなく絶滅に向かう。それだけ細菌などのウイルスや地球上の森羅万象は人の叡智を遥かに超えたところにあり、不安というものに駆られなければ人は適切な防御ができないからだ。こういった事情を垣間見れば、遺伝子は不安を煽る機能を取除くことは決してしない。人間は常時面白可笑しく、そして楽天的に生活することは不可能であることを理解しなくてはいけない。 2.オスとメスのそれぞれの生存戦略 ①オスによる弱肉強食戦略  政治家の縄張り争いは、猿山のボスザル争いと大きく変わりない。動物のオスは優れた遺伝子を誇示しようと争いをし、それに勝ったものだけは遺伝子を残すことができる。つまり、メスと交尾をすることができる。そうでない遺伝子を持つオスは、子孫を残すことができない。オスにはそういった弱肉強食がオスの行動原理であり、つい最近まで、争いに勝ったオスの一族は王族などの支配者になり、その周辺の貴族などの既得権益層と共に酒池肉林の贅沢な生活をする一方、圧倒的多数の民衆は過酷な労働を余儀なくされるだけでなく、ろくな食べ物を得ることも出来なかった。 ②メスの戦略による能力平準化作用  一方、メスは優秀なオスを誘惑するフェロモンをどれだけ出せるかで勝負する。オスはメスの能力よりもそのフェロモンに騙されるといって良い。このフェロモンと動物的な優秀さは比例しない。例えたら、超高収入のビジネスマンや医者を目当てにモデル並みの超美人が近づいて結婚することは多い。その場合、母親の遺伝子を継いだ子供は総じて優秀ではなくドラ息子になってしまう。逆に容姿は劣るが頭の良い女性は競争社会で優位性を獲得していない男と結婚することが多いが、母親の血を引き継いで子供がとてつもなく優秀になること...

ヒューマノイドとの恋愛の現実味(近未来予想)

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  1 . 結婚が遠くなり果てた SNSの普及によって、若い層になればなるほど、コミュニケーション能力も低下し、男女の恋愛がそもそも困難になった。会社や公の場所での求愛行動も一歩間違えばセクハラになってしまう。昭和と違い私生活において男女の交際のチャンスは激減している。  そもそも男女の恋愛はロマンチックとは程遠く、お互いの見栄と社会的な拘束の側面が強い。恋愛における「付き合う」という行為は、双方がとにかく異性と付き合いたいという衝動にすぎず、いわば恋愛をしていることに対する他人へのマウンティングや自己陶酔の側面が強い。ところが今の時代は、 ただひたすら 自分本位な気持ちが先行し恋愛がスムーズに出来なくなった。結婚相手に対しては、スペック偏差値、容姿、自分の性格の合う人などの要求を臆面もなくしてくる。これでは、相手側も疲れ果てて、途中で頓挫する。 そういった点では、スポーツやなんかで成功した者や総合商社などの超一流企業に勤めている人は、相手側からみた基礎的なスペック条件が満たされるので、純な気持ちでの交際に発展し、結婚までスムーズに進む可能性が高い。 2.「一生独身」という選択肢  ほんの50年前なら30歳前の女性が独身でいると、それだけで世間的に非常に肩身の狭い生活をおくったものだ。このため、適当な人をみつけてとにかく結婚しなければいけない社会的圧力が強かった。男の方は、40歳近くなって独身でいるとどこかに問題や欠陥があるのではと勘繰られたりした。結婚するということは、適齢期になったら当たり前にしなければならない儀式に近かった。ところが今の時代、女性が社会進出化したことで結婚が社会通念上の義務ではなくなり、選択肢の一つに変化した。このため、男女とも自分の理想の相手を求め続けてしまい、かつてのような妥協を忘れてしまった。そのようなミスマッチのまま年齢を重ねていくうちに結婚を半分あきらめ、一生独身でも良いという気持ちに変化し、独身が増え続けている。 3 . ヒューマノイドによる恋愛革命  男女とも本当はいつの年齢になっても恋愛や結婚はしたいのである。ただし、それは自分自身に都合の良い条件つきだが。そんな事が近未来では現実のものになってしまうかもしれない。それはヒューマノイドロボットの誕生である。自分好みの顔、スタイル、そして性格にカスタマイズする。そうなると、...

家系消滅の時代と「Die with Zero」

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 (家系消滅の深刻さ) 由緒ある家系とそうでない家系。かつて人々はそんなことでマウンティングをしていたが、今の少子高齢化によって家系の良悪に関わらず子供がいない事で自分の代で家系が途切れる危機にさらされている。どんなに社会的に優越的な立場にいても自分の血を引き継ぐ子孫がいないのは深刻な問題である。これは人生後半になればなるほど当事者に重くのしかかって、「土から土に戻る」境地に苛まれてしまう。そういった意味ではすさまじい勢いでの少子化の進行により、あと10年、遅くても20年もすれば、次世代に子孫を残せない老人が大半を占める現状を踏まえ、次世代に向けて子孫を残せている人達が本当の意味での勝ち組であると称される日もそう遠くもない。 (「Die with Zero」時代の到来)  生物である限り、永遠はなく、全ては線香花火のように寿命の制限下で踊らされている。人生の後半になれば自分自身の残してきた財産の後始末が必要になってくる。自分自身のお金を引き継ぐ子孫がいないなら、お金だって残しても意味がない。自分自身の貯めた資産は命が尽きるまでに使い切ろうという事になり、瞬間風速で億越えの富裕層に到達しても、しまいには有名な「Die with Zero」で人生の終焉を迎えることになる。そういった人たちが徐々に増え始め、多数派になることも否定できない。 逆に、子供や孫がいれば、自分の家系が末永く繫栄するための頑張りができる。だからこそ、子孫のために資産を残さなければならない気持ちにもかられる。そういった点では資産の残し方という点でも二極化された社会に突入する。 (「金持ち3代、貧乏5代」も消滅)  中国には「金持ち3代、貧乏5代」の諺がある。科学的にもこの循環説はまちがっていないと想定されるが、これだけ少子化が深刻化した昨今においては、この過程の中で家系が消滅することを心配しなくてはいけない。 「一代目が財をなし金持ちになると、その子ども(二代目)は親の姿を見て育つので努力の価値を知っている。しかし、自分の子(三代目)にはそんな苦労をさせたくないと過保護に育てるし、また、三代目は生まれながら金持ちの子どもでスタートするので努力することを知らない。それが災いして家を潰す。その子どもは家が没落しているので貧乏で育つ(貧乏初代)、次の子は生まれながらの貧乏(貧乏2代目)。その子どもも...

日本に漂う閉塞感の正体(その2) 不安遺伝子の呪縛

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 日本に漂う閉塞感の正体 ( https://investment-v3.blogspot.com/2022/04/blog-post_16.html )を書いているうちに、日本人のこのような行動を促しているのは別の要因があるのではないかと感じた。日本人の行動はあくまでも結果であり、原因ではないという事である。 (遺伝子学からの考察)  不安感を直接抑制する物質はセロトニンであり、人はセロトニンを多く持つ(L(ロング)型楽観遺伝子)と、少なく持つ人(S(ショート)型不安遺伝子)に分かれる。 「S」型遺伝子保有は、日本人80%、韓国79%、中国人75%、台湾人70%、スペイン人47%、アメリカ人45%、南アフリカ人28%という調査報告があり、人種で不安の許容度が大きく異なる。さらに、不安遺伝子「SS」型を日本人は68%で、アメリカ人は5人に1人、逆に、アメリカ人は楽観遺伝子「LL」型遺伝子を3人に1人が保有し、日本人は2%弱に留まっている。日本人は遺伝子学的にも不安を抱えやすい民族であることが言える。この事は同じ出来事に遭遇した場合、日本人は「深刻」に考え、米国人が「偶然の出来事に過ぎない」と考え、アフリカ人は「これが悪い出来事なの?」程度の開きがある事を示唆している。 (単一民族の島国であるがゆえに強制される空気感) 日本人は、とかく空気感を重視する。それは、単一民族国家であることに要因があるのであろう。つまり、国全体は村社会でどこに逃げても同じ考えの人達しかいない。海外と異なり逃げ場に苦慮するのだ。さらに、諸外国のように自分達と全く異なる言語や習慣を持つ民族と常に争いごとを繰り返し、他民族の支配下におかれたこともないので自分たちの意見をはっきりいう事の大切さを奥のほうに追いやった。しかしながら、日本人のような単一民族が、これまで他国に攻められることが殆どなく、国の統治者が同一民族であることを踏まえると、本来ならおおらかな性格になるべきであるがそうなっていない。村社会の掟が他国と比べて想像以上に酷であったことの証であろう。 (不安遺伝子の多い理由) 日本人が不安感を強く抱くのは、遺伝子学から見れば古代の日本人の祖先のつらい記憶であり、それが現代人に引き継がれていると言える。では、このつらい記憶はいつの時代のものだろうか。今の人類の原型はアフリカで生まれ、そこ...

ビルゲイツの珠玉の名言から学ぶこと

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 (初版 2021/06/17) 1.名言に万人向けはない  ビルゲイツといえば、マイクロソフトの創業者として、世界有数のソフトウエア会社に導き上げた世界有数の経営者であり、世界有数の資産家でもあります。  しかし、彼のこういった成功は彼の天賦の才能だけによるものではありません。ここまでに至るには彼のけたたましい努力と苦闘の連続がありました。ビルゲイツは世の中の理不尽さを示唆するように、「人生は公平ではない。そのことに慣れよう」という名言を放っております。 これは高校生のスピーチの一節であり、人生における様々な理不尽に自分の意思で打ち勝っていけと説いています。 2.名言のそれぞれ  ビルゲイツの名言と言われるものとして以下があります。 〇「毎日毎日「勝ちたい」という気持ちで出社しなければならない。切羽詰まったときにこそ、最高の能力を発揮できる」 「一心不乱に働くこと、ベストを尽くすことが嫌だというなら、ここは君のいるべき職場ではない」 これは、マイクロソフトという事業を成功させるためにはこれだけのパワーは必要という裏返しです。 〇「しばしば、直観が頼みの綱になる。」 コンピュータを大家であるビルゲイツでもそう思うことがあるのですか。テレパシーとか以心伝心などは、ビルゲイツでさえ信じている。でも、ビルゲイツ以外の成功者も同じように、努力や戦略の上に直感があるという事を述べていることが結構あります。 〇「人生は、誰も助けてくれない」  自分の人生は自分で切り開きなさいといいたいのでしょうが、うがった見方をすれば、ビルさんも孤独なのかもしれません。結構寂しい人なのかもしれません。 4. ビルゲイツが事業の成功について話す珠玉の名言 「成功するまでやるのだから、失敗などありえない」( 失敗や負けは短期的な結果にすぎないということ。それが本当の意味で確定するのは本人が諦めたときだけである。あきらめずに前に進んで、その後に成功を勝ち取れば、これら短期的な敗北や失敗はすべてその後の成功の向けたプロセスに過ぎなくなる。}  正直、この前向きな思考こそ成功者に求められる事だろう。成功の過程で他人から見たら想像を絶する苦しみ、他人からの罵倒、そして信じている者の裏切りなど、、まともに考えたら自分自身がぶっ壊れてしまうほどのつらい経験をものともしない精神力。そして常にある前進する...

情報社会の代償 隣の芝生という厄介な存在 

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  初版 2023.3.11 (旧名:隣の芝生に振り回されない生き方こそ最良の生き方) 1.隣の芝生は人間の本能 人はなぜか、隣の芝生が青く見えるようである。どうもこれは人間の本能のようである。人は常にどこかで桃源郷があると信じて疑わない。だから他人に対して勝手というべき様々な妄想を抱いて喜怒哀楽を繰り返している。ドラマや週刊誌、映画,そしてインフルエンサーが煽り立てるような装飾され、誇張されたカッコ良い生活をしている人が常にどこかにいると信じて疑わず、そういった人たちへの憧れや羨望を抱こうとするように出来ている。        2.隣の芝生の幻想例  ①政治家  政治家は社会的には上流階級に位置する職業で、まさに隣の芝生である。しかし、そんな隣の芝生も今となっては、はっきりいえば苦労の割には見返りが少ない。一昔前なら、貴族の位を得られ、豪邸に住み様々な利権から得る膨大な富を得ることができたが、今では億ションにすら住めない、逆に豪華な生活をしていると賄賂を疑われお縄!となってしまう。仕事面では、4方から様々な意見を集約し意見調整を図りながら一つの指針を作り上げるという相当な労力と精神的な負荷を強いている。もはや、政治家という職業が好きでないとやってられない。 ②旧来型のエリート 大企業社員、医者、官僚、外資系金融や大手弁護士事務所の幹部等などのエリート職業もアッパーミドルの代表的な職業で庶民とは一線を画している。一昔前まではエリートとして大企業に入れば、それなりに出世し、それなりの報酬も得て、さらには子会社で役員級の役職に就いて会社人生の余生をおくる。まさにアッパーミドルの典型例のような人生であるが、今はこのような天下りが出来なく、給与面でも、天下りが減った分、人生後半の高給生活が遮断され、年を追って旨味が享受できなくなった。 ③セレブと言われる成功者  セレブと言われる超高所得者(芸能人やスポーツ選手、ベンチャー企業の創業者)なども隣の芝生の典型例である。これら人たちの共通点は実力主義の環境下で自分の力量を頼りに成功者と言われる地位まで上り詰めた事である。私たちは、雑誌やテレビで芸能人やスポーツ選手、事業の成功者などのセレブ生活や豪邸報道に対し羨望のまなざしを抱いてしまう。しかし、そこには成功者ならではの魑魅魍魎とし...